Stingy Jack: An Afterword by Brandt Peters
ブラント・ピータースによるスティンジー・ジャック製作後記

これはCircus Posterusのブログに掲載されたBrandt Peters(ブラント・ピータース)のエッセイの直訳である。
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This is a translation of the text of Brandt Peters which was posted in Circus Posterus News.

スラップ・ハッピー!サーブ・オー・マチックスデッド・バニーカーニーズビッグ・サル、その他奇妙なキャラクターやオモチャを、何年もほとんどすべての会社とデザインしてきて、私は振り出しに戻って自分が何を成し遂げたいのか、何をキャラクターを通して伝えたいのか、真剣に考えました。世間の人はお店やオンラインで最終的な結果しか見ませんが、最初に挙げたそれぞれのプロジェクトは創作に数カ月から数年かかりました。創作の情熱を補給し燃やし続けより強くしていくため、自分自身に、そして私が創作をする理由に、より深く近づく必要がありました。

1ヵ月程走り書きをしたり、ノートをとったり、調査をしたり、同僚や友人と話したり、業界の動向を読んだりして過ごしました。そして自分のインスピレー ションは何か、自分は何者なのか、地球とこのオモチャの世界に目標がある限り自分が何を残したいのか明確に答えを見つけ、理解しました。スティンジー・ジャックが最初のプロジェクトでしたが、これには痛いところを突かれました。成長途中のアーティストとして私のセンスは変わっていき、自分自身にもっと正直になり、自分を動かすものに向かってさらに突き進んでいきました。古いハロウィーンがいつも私を脅かしていて、それはちょうど私のすべてのオモチャ・・・古代の異星人、コニーアイランド、大恐慌時代のもの (いままでの私のトイ・デザインの多くを占める)・・・ のようでした。
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伝説や民話を、私自身のねじれた解釈を加えて語り直したいと常々思っていて、またスティンジー・ジャック (知らない人のために言っておくと、ジャック・オー・ランタンの元になった話)にまつわる伝説や言い伝えの周辺の様々なものをデザインしたいと思うようになりました。スティンジー・ジャックの伝説では、スティンジー・ジャックと悪魔 (私はこちらも大好き)のふたつのキャラクターが永遠の戦いを繰り広げます。誰がいちばん邪悪になれるかという、バックス・バニーとダッフィー・ダックが出会ったようなスタイルの永遠の競争、不朽のドラマにどちらのキャラクターも釘づけになります。この伝説を聞いて、パンプキン頭の (悪魔に呪いをかける)いたずら者はある次元に固着していて、その次元とは1930年代のダスト・ボウルにとてもよく似ているのですが、想像よりもっと超現実的で歪められているのだと考えました。それは可笑しな考えですが、スティンジー・ジャックが悪魔の悪を追い払おうという努力によって、彼は間接的に善を行い、この無限のループがスティンジー・ジャックという矛盾を生むのです(そしてこれが彼を不快な思いにさせます)。それなら、何が悪なのでしょうか。何が善なのでしょうか。表面的にはおかしな話でも、もっと高い所から眺めるとこの世の愚かさ、私たちの役割の愚かさが見えてきます。
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ですからさらに多くのスティンジー・ジャックのサブキャラクターをデザインしました。周囲の環境や、ストーリー、小道具などです (いくつかは近日のArtoyzでの展覧展で発表します)。このシリーズは大規模でとても複雑なので、長期にわたって描くことになる最初の漫画を作家とチームを組んでスタートさせました。1月にあるStranger Factoryでの私の個展で公開できればと思います。

ソフビ・スティンジー・ジャック

私には怪獣とソフビを愛する強いエピソードがあります。といっても子供のころはあまりお金がなく、輸入玩具は当時でも高かった。しかしその埋め合わせをするため、父は2週間に1度、週末にリトル・トーキョー(LAダウンタウンにある日本人街)に連れて行ってくれて、日本のオモチャや怪獣に没頭し釘づけになりながら何時間も過ごしたものです。そのことが心から離れず、私の魂の一部となり、大きなインスピレーションになりました。
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私がトイ・デザイナーになってからの夢は、とくに優れた日本の企業と私の作品をコラボレートすることでした。夢をかなえることはSuper7から始まりました (ガーガメルと提携) ・・・Kiyoka (ガーガメル) が実際にSuper7のためにBig Salを彫刻しました。この経験から多くを学びました。より多くのソフビのプロジェクトを推し進めなければならないことが分かりました。とどまるところを知らない怪獣とソフビに対する私の欲求が最終的に正しいパートナーのもとに導いてくれました。私のオモチャに対する熱中ぶりや、オモチャのデザイン、1920年代から1940年代のオモチャの豊富な歴史や、それに対する評価を理解してくれる人です。留之助商店の中子真治さんと出会いました。面白い話なのです。シンジによると、私のサーブ・オー・マチックスを使って3周年記念のストップ・モーション・コマーシャルを作り、それを私と接触するための名刺にしたのだそうです。実際にそれがシンジと知り合うきっかけになりました。私たちはコレクター、またプロデューサーとして多くのレベルで繋がりを持ちました。私たちは前世からずっと友達だったような気がしたり、彼がお兄ちゃんのような気がしたりしました。ともかく、Monsters and Misfits 1 (留之助商店とCircus Posterusによる) が成功裏に終わった後、私はソフビの会社を始める考えについて話しました。数日後、シンジはやろうといいました。それがTomenosuke+ Circus Posterus (ソフビをスタートとして、日本のCP玩具の生産と販売を取り扱う共同経営会社) の始まりです。
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ソフビの会社を作るという私たちの決断が公になると、評価が両極に分かれました。信奉者と支援者もいましたが、悲しいことに反対の人もいました。それにはかまわず、計画を推し進め新たな友人や同僚に会いました。たくさんの日本の本格的な怪獣ソフビのデザイナーや、私たちのオモチャをコレクションし、デザインを尊重してくれ、本物で、堅実で、応援してくれる会社に出会うのは素晴らしいことでした。 オビツ製作所は有名な日本の玩具メーカーですが、留之助商店とCPにいたく感動して私たちと仕事をするのを楽しみにしてくれました。すべてが良い方向に進み、これでいいのだと思いました。
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この共同経営会社での素晴らしいオモチャの発表は、アイルランドの伝説の、アメリカのアーティスト・バージョンになりうると思います。しかし現代の視点から語れば、西洋のネオ・ヴィンテージという見方が出来ます。アメリカの1930年代のアニメ・キャラクターのようにデザインされ、日本のソフビの形で生産され、パンクも少し入る。レジン製スティンジー・ジャック (ソフビ版の元になったオリジナル・フィギュア)のTeodpru Badiu(テオドール・バデュ)による3Dモデルから、一新してビニール・モデルになりました。それが私たちの最初の商品です。

スティンジー・ジャック以外にも、Kathie Olivas(キャシー・オリヴァス)のCalliope Jackalope(カリオペ・ジャッカロープ)やChris Ryniak(クリス・ライニャック)のStinky Ginger(スティンキー・ジンジャー)のソフビが発売されますし、他のCPメンバーとも話をしており、私たちの共同経営のオモチャ会社の作品に大きな計画もあります。また発売の少なくとも1年前に予約をしていただくことが可能になるかもしれません。あらゆる領域の大規模なプロジェクトなのです。もっともっと作ります。ソフビも、レジン製品も、漫画でさえも!

私の妻であり、心の友であり、パートナーであるキャシーに(彼女は私に対して途方もなく我慢強かった)、(生まれ変わっても)親友のシンジさんに、新しい友人とソフビの同僚である田中茂太君、金子洋平君、塚谷諭君に、私の旅を記録してくれたAmyに、情熱的な支援をしてくれたMikeeに、そして信じていてくれたすべての皆さんに感謝します。
by tomenosuke_2006 | 2012-09-09 12:04 | T+CPモチャ
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