なんてこった。
大きくなったらオモチャ屋さんになりたいです。
小学1年のとき、そんなことを作文で書いたような気がする。
すでに50も過ぎた。
そろそろ動き出さないと、こどものころの自分を裏切るような感じさえする。
山ほどのオモチャで押し潰されそうでもある。
20年前、LAから引っ越しするとき、いっしょに運んだ映画プロップ類。
おもにLA界隈で仕入れとレストアを繰り返し、ロサンゼルス日通の倉庫に数年間保管して10年前にまとめて船に乗せたデカイヤツ。
ここ5,6年、いずれ開業するオモチャ屋の商品用だからと自分に言い聞かせ、買いあさっているフィギュアやスタチューやプロップレプリカの新作や絶版品。
懐かしさのあまり、ついヤフオクebayで落札してしまった60〜70年代のヴィンテージトイや、その時代のオーディオ家電など。
下呂市の会社近くに借りている40坪の倉庫はとっくに立錐の余地もなく、事務所の奥の社長室兼会議室は物置と化し、自宅の1階廊下をはじめ、2階の和室、3階の元(もと)子供部屋まで、オモチャを詰めた段ボールだらけときた。
今年の夏には、どこにもないおかしなオモチャ屋を高山市でぜったい開店しようと、店長候補君を半年がかりで洗脳し、かつ信頼関係を築き、場所も決め、店のレイアウトやら什器備品の選定、取り扱い商品の絞り込みもほぼ終えた。
あとは7月1日から品物の搬入や内装に着手して、末広がりの8月8日に開店する予定だった。
が、なんてこった。
入院するハメなってしまったのだよ。
去年春、ネフローゼ症候群と診断され、秋には一度、食事療法と静養を兼ねて入院までしたというのに、良くも悪くもならず、横ばいのまま2ヶ月後に退院。
その後は処方してもらった薬を服用し、食事に気を遣い、免疫力を損なうストレスや疲れをためない穏やかな生活を心がけてきたつもりだったけれど、病気は好転するどころか、ますます悪化していた。
できるだけ早く入院して、今度は本格的に投薬治療しなくては、いずれ腎不全となり、最後は死ぬまで透析を強いられるといわれてしまった。
入院は3カ月がメドだとか。
お店の開店は先のばしにして、その間、5月から撮りはじめた写真を使い、ぼちぼちデザインしかけていたホームページ作りに本腰を入れたり、ブログもやろう。
入院生活の退屈をまぎらわせるには、ちょうどいい。
気になるのは今度の病院(岐阜市)のネット環境だけだ。
去年入院(高山市)したときのノロノロPHSにはストレスを募らせたけれど、体調が戻らなかったのはそのせいだったかもしれない、なんてね。
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オモチャの撮影のために従弟のカメラマン、晋(ススム)君に下呂市の当家まで出張してもらいました。


by tomenosuke_2006 | 2006-07-04 23:11 | 留之助商店計画
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