求む、ムカシノチラシ。
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毎日、寄る場所がある。
ヤフオクのトイガンのカテゴリ、“キーワードから探す”の上から2番目にリストされている“MGC”のリンク。
そこへ行っては、探し物をしているのだよ。
70年代の人気TVの主人公、刑事マクロード風の男がハイウェイ・パトロールマン44を構えたイラストのチラシ(上)。
最近手に入れたちょいまえのムック本、辰巳出版から出た“名銃図鑑モデルガン”の中の“チラシが語るモデルガンヒストリー”っていう特集に小さく紹介されてるのを見つけたんでスキャンした。

どなたかこのチラシお持ちの方がみえましたら、ぜひともお譲りください、店主にとってはとても記念の品なんです。

たぶん店主22才のころ、1975年ごろだったと思う、業界では有名なコピーライターの先生の元で修業してたっけ。
句読点の位置間違えてボカン! 漢字間違えてボカン、ボカン!!
ヘマするたびにおでこを叩かれ、ふてくされようものなら、即クビっていう緊張感の毎日でした。
仕事を教えてるんだから給料安くて当然という、いまの労働基準局が聞いたら仰天しそうな低賃金、どれだけ残業したって月給一律4万5千円の世界でした。
当時、阿佐谷に借りてたトイレと洗面所が付いた6畳の貸間が2万円だったから、生活は苦しいってもんじゃない。
経験3年なんてウソの履歴書作って、年齢もごまかし、バイトを探したと。
で、真っ先に行った先が新聞にコピーライター募集の3行広告を出してたMGCで、憧れの神保勉代表にお目にかかり、面接を受けたのだった。
店主はいわゆる昭和46年(1971年)規制で金属製モデルガンが黄色または白色に着色義務づけられるまで、ワルサーVPターゲット以降のすべてのMGC製品を持っていたことなどを熱く語り、1発で採用された。
そして最初の仕事がABS製の黒いモデルガン、ハイウェイ・パトロールマン44の発売告知チラシだった。
モデルガンの安全性を強くアピールしたいという神保代表に応えて、店主が作ったキャッチフレーズは“撃て!”。
簡単なようで、この二文字にいきつくまでがけっこう山あり谷ありの喧々諤々、代表は議論好きな人なんだなぁと思ったものです。
その後、グラフィック・デザインの事務所を興すきっかけとなる大きなプロジェクトが動き出したために、MGCのお手伝いができなくなり、ちょっと残念。
小林太三様にもお会いしたかった。

そういう記念のチラシ、裏にどんなこと書いたのかも知りたくって探しています。
ひとつよろしく、お願いします。
by tomenosuke_2006 | 2007-02-08 16:46 | ムカシモチャ
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