shuwest編集『未知との遭遇』長尺完全版を観て。
10年前もこんな感じだったよと話してらしたのは評論家、石上三登志さんだった。
石上さんとは『吸血鬼だらけの宇宙船 怪奇・SF映画論』(1977年)や『地球のための紳士録』(1980年)などの著書でファンを唸らせた大先輩。
子ども騙しと疎んじられていたSFホラー映画をこよなく愛し、熱弁を揮う、無尽の生き字引であり、娯楽の裏方で働く名も無き人々の経歴さえ諳んじる分厚い人名辞典のような人、手塚治虫研究でも著名な電通マンだった。
なんといっても1950年代にジョージ・パルやレイ・ハリーハウゼンやウィリアム・アランドやジャック・アーノルドやロジャー・コーマンやバート・I・ゴードンのB級映画をリアルタイムでご覧になり、その経験と記憶を糧に特異な評論を展開されて、どれだけ勉強させていただいたことか。
まだまだ青かった店主の羨望たるやいかほどのものだったか。
そんな石上さんが2本の大作SF映画『猿の惑星』と『2001年宇宙の旅』が公開された10年前の1968年を振り返りながら、『スター・ウォーズ』(SW)と『未知との遭遇』(CE3K)が公開された“いま”とどこか似ているとおっしゃったのだ、1978年のことだった。
理屈抜きの娯楽大作『SW』、人と宇宙の関わりについての考察『CE3K』。
どちらが面白いか、SF映画として優れているのはどっちだといった“いま”の論争とよく似た応酬が、10年前も『猿の惑星』と『2001年』の間で繰り広げられたらしい。
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製作途上のマザーシップのモデルを囲むスタッフたち。左でからだを屈めてミニチュアを覗き込んでいるのはスティーブン・スピルバーグ。その右隣で腕を組んでいるのはSFX監督のひとりリチャード・ユリシッチ。中央の男性はダグラス・トランブル。右端はモデルメーカーのグレッグ・ジーン。みんな初々しい。


1978年、日本列島はSW派とCE3K派に二分されていた。
手塚治虫先生やSF文壇の大御所といわれる人たちは大方がCE3Kを推していたと記憶する。
一方、若手作家や店主などはあっけらかんとした勧善懲悪もののSWを無邪気に返り手放しで歓迎した。
それまでのニューシネマやパニックやオカルト映画の重圧から解放され、スポーツで汗を流したような爽快さを映画に感じたというのも理由のひとつだった。
そういう映画をあまり知らなかった。
劇中で神秘的な出来事に感動したり、目頭を熱くするCE3Kの主人公たちを見ているのが照れ臭くもあった。
ヒューマニズムの苦手な年ごろだった。
CE3Kはとにかく店主の中ではSW時代の添え物でしかなかったのだ。
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完成したばかりのマザーシップ・モデル。


それがいまごろCE3Kについて感想を書き留めておきたくなったのは、先日、留之助商店を訪れた東京の某TV局の報道部に籍を置くshuwestさんから、164分に及ぶDVD『未知との遭遇/スペシャル・ロング・エディション』をおみやげにいただいたから。
存在がおぼろげなSF映画の片割れを観る機会を得て、当時とはまったく異なる感銘を受けたからだった。
オリジナルは135分、1980年公開の『特別編』が132分、それよりおよそ30分も長いこのCE3Kは、市販のDVDに付属の特典映像などを利用してshuwestさんがプライベートで追加編集した情熱の賜物、文字通りの特別長尺版だ。
店主としては記憶と照らし合わせながら、どこが、どのように、どれだけ付け足されたのか判別しようとゲームの感覚で挑んだつもりが、shuwestさんの編集があまりに巧みすぎて、それどころではなく、3時間に及ぼうとする特別なCE3Kに没頭してしまったのだった。
そして改めて思った。
スピルバーグという人はなんと丁寧で根気に、レンズの向こうの人物やセットや風景をいたわるようにカメラにおさめ、カットを重ね、愛情深く映画を作っていたことかと。
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SFXカメラマンのデニス・ミューレンとモデル・メーカーのグレッグ・ジーン。
デニスはCE3KのあとILMへ移籍し、SFX監督としてリーダーシップをとることになる。


シーンのひとつひとつに苦心の跡を感じる。
進行表通りにことが運ばず軌道修正を強いられ、しかしそれが思わぬ結果を導き出すことになったり、失敗と模索とブレイクスルーが繰り返された名残を見る。
手際のいい流れ作業や、統制のとれた分担作業が重んじられはしても、すべては不確実な人間の仕業、映画がまだ工芸品の一種だった時代。
CE3Kは20世紀のぎこちなさの中にある尊い美について考えさせてくれる映画なのである。
あまりにも完全で非の打ち所がない映像と、さらにそつのないお芝居でまとめあげられた工業製品のような映画『トランスフォーマー』を30年の進化とみていいのか、店主には分からなくなったのだった。
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照明を灯したマザーシップのテストショット。
これにフォーカスをかけ長時間露光して、あの滲んだイメージを創り出した。


CE3Kを観て、とりわけカラフルに滲んだUFOの様子を目の当たりにして『ブレードランナー』を連想しないではいられなかった。
小型のUFOはフライング・スピナーのようでもあり、マザーシップの内外は2019年の未来都市を思い起こさせる。
いずれもダグラス・トランブルの映像学のなせる技であり、共通するイメージがあったとしてもけっして不思議ではない。
その『ブレードランナー』は『E.T.』と同じ1982年に公開され、まったく異なる2本のSF映画の間でまたしても論戦が繰り広げられることとなったが、トランブルのキャリアが『2001年』に始まったことを考え合わせると、彼は三つの時代を通じてつねにエポックメーキングなSF映画に関与した唯一無二の映画人といえるのだ。(石上さんの『地球のための紳士録』風)
来年アメリカでダグラス・トランブルの研究書が出版される予定だと、編集に協力しているグレッグ・ジーンが教えてくれた。
ちなみに1968年、日本SF作家クラブは『2001年』ではなく『猿の惑星』を推薦映画に選んでいる。
shuwestさんは12月14日に発売される「アルティメット・コレクターズ・エディション」の特典映像などをじっくり吟味して『ブレードランナー/スペシャル・ロング・エディション』を作ってみたいとおっしゃていた。
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この記事に添付した画像はいずれも1980年代にグレッグ・ジーンから譲り受けたものです。


by tomenosuke_2006 | 2011-06-11 11:59 | TV・映画・ビデオ
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