「どうでした?」とかけて、「暇なスケートリンク」ととく。
で、そのこころは、「思いっきりスベリました」。
19日月曜日、名古屋市の金城学院大学文学部英米文化学科のゼミで、大勢の可愛いお嬢さん相手に約90分間、カルトムービーについて語ってきた。
いろんな点で映画のウマが合うマシュー・テイラー教授にご用意いただいた標題は、『カルトムービーの起源と影響』。
おかげでカルトムービーについて、とりわけ『ブレードランナー』を考えるちょうどいい機会となった。
じつはゼミの2日まえ、土曜日の午前10時10分、店主は新宿バルト9の大スクリーンでブレランと25年ぶりの再会を果たしていたから、その映画について語る段になるとついついリキが入ってしまうのだった。
だからここでも『ブレードランナー・ファイナルカット』(BRFC)について一筆啓上したく、そのためにもゼミで語ったカルトムービーの“意味”のようなものを簡単に書き留め、前振りに代えたいと思う。

カルトムービーという言葉が一般に使われるようになったのは1985年、USC出身の映画ジャーナリストDANNY PEARYが書いた本『CULT movies』に由来している。
カバーにはこんな副題も。
クラシック(古典)、スリーパー(予想外に当たった映画)、ウェアード・アンド・ワンダフル。
店主的にはカルトムービーとは撮ろうとして撮れる類いの映画ではないと考える。
ジャンルではなくて、称号のようなもの。
しかもアカデミー賞の選考委員や高名な批評家など権威が決めたり与えたりするのではない、映画ファンの熱烈な支持や情愛を何世代にも渡って得られる類い稀な映画、それをカルトムービーというのではないかと。
その精神はカウンターカルチャーにも通じる。
型破りであるがゆえ、時には投資家やスタジオとぶつからねばならなかった映画。
完成すると、さらに無知な批評家の集中砲火を浴びる。
が、最後には体制が屈服するような成功を収めるのだ。
ストーリー展開だけでなく、映画そのものが演じた波乱にさえ痛快を感じ、観客はその両方に歓喜する。
カルトムービーとは作り手と受け手の精神が共鳴する様をいうのだ。
そういう意味でもブレランは店主が知る最後のカルトムービーといえるのだと熱弁をふるったものの、そのゼミにはブレランを観たことのあるお嬢さんはほんの一握りしかいないのだった。

BRFCについては後日、また。
a0077842_011763.jpg

by tomenosuke_2006 | 2007-11-20 23:59 | TV・映画・ビデオ
<< 留之助最初の幼児モチャ、限定発売。 留之助最初の木のオモチャ、限定発売。 >>