クローバーフィールドについて、言っておきたいこと。
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エリック・スケアクローのDIZIGN(ダイジン)を紹介したとき、クローバーフィールドを連想したって書いたけれど、そのワケ、だれにも分からないんだろうなぁと思いながら、はや10日。
新作映画について、人の目に触れるかような場所でとやかく言いたくないのだが。
語りたくなるような娯楽作に、なかなか巡り合えないのだが。
このクローバーフィールドは別格、元映画ジャーナリストの血が騒ぐ。
例のワケについても、言及しておきたくなった。
まず最初にことわっておくが、ダイジンとクローバーフィールドのどちらもモンスターを売りにしているとか、ダイジンが日本語の“大臣”を語源にしたように、クローバーフィールドには“HAKAISHA=破壊者”という日本名が付されていること、クローバーフィールドが自由の女神を象徴的に扱ったのと、かつてエリックが女神像を翻案した傑作モチャを作ったこと、あるいは映画の舞台のNYがエリックの庭だということなどは、単に表層の一致でしかない。
クローバーフィールドを観て最初に感じ、いまだに強く心に残っているもの、それは1年まえESC-TOYという会社を興した20代のエリックが、ここ数ヵ月だけでも20に及ぶソフビやプラッシュをプロデュースした勢いに、気持ちよく圧倒され続けているのとよく似ている。
ひとことで言って「最近の若いモンは・・・」、エクスクラメーションマークを2個か3個付けたくなるくらい「素晴らしい」のだった。
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クローバーフィールドはハンディカムの落ち着きのない映像に早く慣れ、日本へ転勤することになった主人公を囲んで行われるサプライズパーティーのシークエンスを辛抱強く乗り切れば、かつて体験したことのない驚異と快感を約束してくれる。
これほど細部にいたるまできっちりと設計された、若く、弾ける映画にはめったにお目にかかれない。
勢いではサム・ライミの『死霊のはらわた』(1983年)やピーター・ジャクソンの『ブレインデッド』(1992年)に通じ、次世代映画の誕生に立ち合えたという点ではオプチカルの『スター・ウォーズ』(1977年)やデジタルの『マトリックス』(1999年)に次ぐ感動である。
クローバーフィールドは発想がみずみずしいというだけでなく、スクリーンから子供や老人を完全に追いやり、デジタルビデオ映像に記録された世界の住人すべてを若者に限定することで、生半可な同情や心配の入り込む余地を与えない。
彼らは死の危険に晒されながら、それを実感できずにいるのか、好奇心がまさるのか、通りに横たわった女神像の頭部を取り囲み、持っていたケータイで写真を撮るじつにイマの人たちなのである。
恋人との最後のデートを撮影した記念のビデオに、友人たちが自分(主人公)のために計画してくれたパーティの模様が上書きされ、さらに恋人の救出劇が記録されていくという構成の妙。
たまたまパーティーでカメラマンを押し付けられた青年が、死の直前まで手放さなかった1台のハンディカムに残された映像がスクリーンで再生されるだけ、ゆえに破壊者の素性も目的さえ明かされない、そこがいい。
SF映画に出てくるモンスターの正体など所詮はこじつけでしかないし、もっともらしい説明や、ことさらの神秘主義は映画を余計チンケにするものだ。
いま流行りのあざとい映画タイアップの痕跡がどこにも見当たらず、映画で1本勝負を挑むクリエイター、J・J・エイブラムスにいっそうの好感を覚える。
頭が良くて、自信に満ちて、無鉄砲で、すべてが若さゆえ。
クローバーフィールドはハリウッド映画に訪れた巨大な新陳代謝の波であり、未来がまんざら捨てたものではないと教えてくれる若者たちとめぐり合える絶好のチャンスなのだった。

竹書房よりノベライゼーション『クローバーフィールド HAKAISHA』発売中。



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Creature by Neville Page / Art Courtesy of FLIX


by tomenosuke_2006 | 2008-04-20 09:08 | TV・映画・ビデオ
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