ひさしぶりに異形でないもの。
どこから見ても南の島の少女のナニモノでもない。
黒髪にはトロピカルフラワーのオーナメント、陽に焼けたからだを南国柄のギリギリのミニドレスで包み、大きなパイナップルに腰かけている。
そのパインにはALOHAのラベルが貼られ、ご覧のとおりのハワイアン・ガールなのである、疑問の余地はない。
たとえば当ブログで紹介して以来、話題騒然のDavid Choe作Siamese Twin Choegal(シャム双生児チョーガル)と対比させてみるといいだろう、ルキノ・ヴィスコンティウォルト・ディズニーぐらいちがう。
単刀直入で、分かりやすくて、アラモアナ・センターに売ってそうで(もちろん売っていない)、たまにはこういうのがないとブログの見た目も、気持ちの上でもバランスがとれない。
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ついディズニーの名前を引き合いに出したけれど、じつはこのフィギュア、ディズニー・スタジオで活躍し、現在はドリームワークス・アニメーションに籍を置く大物アニメ・クリエイターで脚本家で監督のChris Sandersの余興というか、趣味の産物なのである。
で、クリス・サンダーズのバックグラウンドを少々。
生まれはコロラド、子どものころからディズニー・アニメに取り憑かれ(ここらへんは誰でも同じ)、だが、10才にしてWard Kimballのファンを自認するようになっていた、あたりが本格派。
ウォード・キンボールとは『ファンタジア』 (1940)、『ピノキオ』 (1940)、『ダンボ』 (1941)、『シンデレラ 』(1950)、『ふしぎの国のアリス 』(1951)など、古典ディズニー・アニメの動画監督である。
見様見真似で絵を学び、California Institute of the Arts、通称CALARTSでアニメーションを専攻したサンダースは、1984年にマーベル・コミックスに入社、1987年にディズニーへ移籍した。
この1987年という年は劇場用長編アニメーション製作から遠ざかっていたディズニーが再始動しつつあった時期で、サンダースは外部から採用された最初のアニメ部門のスタッフとなった。
その後はメキメキと頭角をあらわし、『ビアンカの大冒険ゴールデン・イーグルを救え! 』(1990年)と『美女と野獣』(1991年)ではストーリーボード・ライターを、『ライオン・キング』(1994年)ではコンセプト・ディレクターと共同脚本家をつとめ、アニメ界のアカデミー賞といわれるアニー賞をダブル受賞した。
『ムーラン』(1998)の脚本を単独執筆したのち、とうとう『リロ・アンド・スティッチ』 (2002年)で監督デビュー、のついでにスティッチの声優まで兼任したのだった。
ディズニーでの成功のあと、ドリームワークスに顧問として迎えられ、いまは新しい監督作品の準備中だという。
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ということで、パッツパツのトロピカル少女の話しに戻る。
彼女の名前はMaile(メイリー)。
クリス・サンダースお気に入りのリゾート、ハワイのムードをいつまでもそばに置いておきたい、あなたにもハワイを感じてもらいたいという思いから製作されたソフビドールなのだ。
高さは8インチ(20センチ)、1年前のSDCC2008でデビューし、展示即売されたあと、市販されないままいたのだけれど、最近ワールドワイドでの発売が決まった。
限定300個のうちのどれだけが残っていたかは分からないけれど、飛騨高山にもハワイが来るのは確かです、楽しみにお待ちください。
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by tomenosuke_2006 | 2009-08-25 10:36 | イマモチャ
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