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ブレランをめぐる暴言 3/3 「徳信尊の挑戦」
2007-03-27の記事のつづき。

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↑ 読売新聞1982年7月5日付け夕刊より、ボーヤ時代の店主が週1のペースで連載していた『USシネマナウ』の記事。はからずも完成した映画『ブレードランナー』について書かれた日本で最初の紹介記事となった。


玩具に関する一切のライセンスを引き受けるなら契約を進めてもいいと言ってきましたが、そうなると1千万円は下らないでしょうね。
先方はデッカード・ブラスターのライセンスだけを切り売りするような仔細なビジネスに興味はなさそうです。
一括で契約し、その契約者がフィギュアやプラモデルなどの商品化を希望する他の玩具メーカーとライセンスを分け合うことを望んでいます。
ですからハリソン・フォードのシグネチャー版を作り、サイドショーを通じワールドワイドで販売するという計画も残念ですが諦めねばなりません。
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↑ カスタムガン作家、徳信尊(トク・ノブタカ)は図面引きにおよそ2ヵ月半を費やした後、ブラスターの本体部分、つまりチャーターアームズ・ブルドックの原型製作に取り掛かった。彼が使用する素材はほぼすべてがABSのブロックとプレートである。実銃がそうであるように機械加工に拘り、必要に応じて加工用の刃物を自作。とりわけエッジの処理には細心の注意を払った。右下の画像はブラスターのバレルを取り付けた状態。


知人のライセンス・コーディネーターにはデッカード・ブラスターの商品化権を交渉してもらう一方で、海外での販売チャンネルの確保や、サイドショーが取引の条件として言ってきたフォードのシグネチャー版製作の可能性も探ってもらっていた。
さいわいフォードのエージェントからは1サイン=200ドルで500以上なら請け負うと内諾も得ていた。
サインでおよそ1200万円、ブラスターのライセンス代300万円(業界相場)、そして商品開発や製造の費用、さらに広告宣伝費など、下呂温泉にある土地建物を抵当に入れれて資金を捻出するつもりだった。
留之助商店で進めているブラスターは、なんとしてもオフィシャルな製品として発表したかった。
それにふさわしい仕上がりになると固く信じていたからだった。
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↑ 徳の作業はすべて数値を元に進められる。たとえばステアー・レシーバーの後端部の特徴的なストリームラインを再現するにも、彼はそのカーブを0.5mm刻みに分解して数値表を作製し、それに従って加工した後、慎重に研ぎ上げる。レシーバーの内側も実銃通りの仕上がりである。右下の画像は本体完成間際、レシーバーの先端部が2mm短いことが判明し、延長するためバッサリと切断してスペーサーを接着した状態。


ブレードランナーは1982年6月25日に全米公開された。
その1週間前、外人記者クラブからの直前の電話連絡で試写に出かけてみると、スタッフもいればプレス関係者も招かれるという最初で最後の公式な試写会だった。
スニークプレビューの評判が芳しくなく、間際まで改編作業が続けられていたとか、一部録り直しがあったらしいとシネフェックスの発行人ドン・シェイやシネファンタスティックの編集者ジョーダン・フォックスが語っていた。
ロビーではこれから始まろうとする映画よりも、むしろ大ヒット中の『E.T.』の話題で持ち切りだった。
ほとんどの人たちが絶賛していた。
君はどう思うかとたずねられ、あの宇宙人のデザインはいただけないねとこたえたら、そういうディテールで語る映画ではなく、ハートで観る映画なんだと諭された。
相手は誰だったか思い出せないが、そういう意見が大多数を占めていた。
ETは単なるSF映画ではないと、訳の分からぬ説明にうなずく人も少なくなかった。
試写のあともETを讃える声にブレランは圧倒されていた。
ブレランのセット・デコレーターでさえ、ボガードを意識したようなハリソン・フォードのオーバー・ボイスが鼻につくと言っていた。
店主にはフォードの声のどこがそんなに悪いのか分からなかったし、単なるSF映画ほど素敵なものはないと改めて思ったのだった。
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↑ 左上最初の画像はマガジンハウジング(ステアーのパーツリストではトリガーガードと呼ばれるパーツの一部)のジグ、マガジン内部の構造や機関部との関連を推考しながら形状を決めた。2点目は完成した中空ハウジング、おそらくブラスターの中でももっとも複雑で美しいストリームラインとストレートライン、滑らかさと鋭さが渾然一体となった部分ではないか。徳の苦心は並大抵ではなかっただろう。


徳信尊さんからメールが舞い込んだのは今年2月上旬のことだった。
“デッカードブラスター”で検索をかけたらこのブログに辿り着き、読み進んでいくうちに彼が高校生のころ親しんだSF映画関係の記事や本の執筆者と店主が一致したとかで、自己紹介をかねた数点の画像付きメールを送ってきたのだ。
もとより銃に目がない店主は徳さんが造ったというコルトSAA用の象牙のグリップやライフルの木製ストック、S&W-M19をM10にカスタマイズしたモデルガン、木とABSでフルスクラッチしたボーチャード・ピストルなどの画像に唖然とするばかりだった。
カスタムガンやガレージキットにありがちな手作りのブレとか造りの甘さなど微塵もうかがわせない。
隙がない。
むしろ工芸品とでも呼びたくなるような高い完成度、そしてその向こうに垣間見えるひた向きで情熱的な個性。
デッカードブラスターを検索したぐらいだから、その名SF銃に興味があるに違いないし、だったら1挺、個人的に決定版を造ってはもらえないかと思ったのが事の始まりだったか。
そのあとすぐ徳さんがブラスターを製品化する夢を追い続けていることを知り、またたく間に計画はスタートしたのだった。
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↑ シリンダー、トリガー、トリガーガードの製作。右上から2番目と3番目の画像はフィンガーレストの図面と、削り出し作業を示す。一般にグリップエンドと呼ばれているそれをフィンガーレストと解釈し、命名するあたりがガンマニアの徳らしいところである。


ブラスターに独自のオピニオンを持つ榎本龍彦店長に製作進行係をまかせた。
徳さん紹介のカスタムナイフ作家で、あらゆる種類の金属加工に秀でて銃刀法にも詳しい島田英承さんには、金属や樹脂などパーツ製作の根回しから製品化にいたるまで、全面的に協力いただくことになった。
旧知の友ブレランのに〜ぜきさんにはファンの目、マニアの観点から、徳さんの原型を考察したり批評いただくことにした。
プロデューサー役の店主はオフィシャルなブラスターの製作を断念し、他のガレージモデルとよく似た販売方法を模索しなければならなくなった。
ライセンス・コーディネーターからまったく別の次元で駆け引きされているブレラン・ビジネスの実態を聞かされ、ブラスターの商品化権を取得することなど端から無理な注文だと思い知ったのだった。
ブレランやブラスターへの思いをライセンスという手枷足枷で封じ込まれてなるものかと強く意識した。
くだんのライセンス・コーディネーターいわく、彼らがライセンスを積極的に売り込もうとしている先は、日本ではただ1件、パチンコ業界なんですよ。

さらに。
by tomenosuke_2006 | 2007-10-28 22:56 | 留之助ブラスター