カテゴリ:ネフローゼ症候群( 21 )
外泊許可。
月末が迫ってくると、いろいろ気がかりなことが頭をもたげはじめる。
小さいながらも、私は会社(ハローランチ飛騨店)の社長なのだ。
小さい会社だから、悲しいかな社員まかせにできないこともあり、とくに25日の給料日と月末の支払い日の資金繰りには、長年培った高度なスキルを要するのである。
つまり充分にキャッシュフローのある楽ちんな経営状態ではないから、あっても社長が仮払いしてオモチャを大量に買ったりするもんだから、大変なのだ。
だからこの週末、外泊許可をもらって県立岐阜病院から下呂へもどり、懸案をいっきに片づけてしまいたい。
先日の大雨で本社工場のある下呂市から高山市へと向かう国道41号線が寸断し、1000人以上の顧客にお昼の弁当が届けられなかったことの詳細についても知っておきたい。
8月1日から新しいコンピュータ・システムに移行するための準備は大丈夫か、それもこの目で確かめておきたい。
それに3週間も留守にしていると、オモチャが詰まった段ボール箱がいくつも届く。
いまある中のいちばんの大物は、テキサスのヴィンテージTV専門店が航空便で送ってくれたPHILCOのテレビジョンセット、プレディクタ、1959年製。
チューナー本体とその上に載るブラウン管をバラして梱包すると聞かされていたから、ぜひ具合を確かめたい。
是が非でも外出許可をとらねばならないのだ。
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きのう、担当の研修医、新之介先生に週末の外泊についてお伺いをたてると、いいと思いますとのことだった。
そのことを詰め所で聞いたベテランの看護師さんが、パルス療法直後の体力が落ちている危険なときに外泊だなんてもってのほかだと、忠告に来た。
その晩、ふたたび私の部屋を訪れた新之介先生にどうにかならないかと迫ってみると、主治医の小田先生に確認するといわれた。
雑菌の蔓延していそうな人混みを避けること。
疲れたと思ったら即座に休息を取り、けっして無理をしないこと。
1日の塩分5グラム以下、タンパク質50グラム以下、総カロリー1700前後の食事を心がけ、薬の服用を怠らないこと。
常時マスクを着用し、手洗いとうがいを忘れない。
風邪でも拾ったら、いままでの治療が水泡に帰すばかりか、取り返しのつかないことになりかねない。
つい先ほど、以上のことをきっかり守れば、外泊してもよしとなった。
ラッキー。
が、いま、雨雲がどんよりとたちこめた窓外の涼しげな景色を見て、はたと気がついたのだった。
あの日、着の身着のままで入院して、上着といえば半袖のポロシャツが1枚。
靴もソックスさえなく、履物といったらサンダルのみ。
こんな格好で表に出たら風邪ウィルスの総攻撃にあってしまう。
さあ、どうする、どうなるんだ〜。
アンラッキー?
by tomenosuke_2006 | 2006-07-21 14:48 | ネフローゼ症候群
7月20日、2度目のパルス療法終了。
ドドッと血管に250ccのステロイド溶剤が注入される。
血圧が急激に上がるのを実感する。
顔、とりわけ目のまわりがいっきに膨らんでいくような感覚。
クローネンバーグのスキャナーズのオープニングを連想してしまう。
薬の副作用で免疫力が低下するから、とくに細心の注意が必要だ。
部屋を出入りするたびの手洗い。
うがいは最低、朝・昼・晩に就寝まえ。
風邪などひいたら、肺炎になりかねない。
さ、またオシッコが気になる日々のはじまりだ。
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なのに、なのに、カリフォルニア最南端の街サンディエゴにある巨大コンベンションセンターでは、私の苦悩をあざ笑うかのように、きょう(正確には時差があるから半日後)から3日間、SDCC(サンディエゴ・コミコン)が開催される。
映画・TV・漫画・アニメ&オモチャの世界一の祭典。
ハリウッドスターからコミックアーティストまで、ゲストがすごい。
サミュエル・ジャクソンも来る。
この日ばかりは作り手とファンの垣根が取り払われ、いっしょになってエンタのいまを楽しむのだ。
オモチャでいえば、いろんなメーカーがSDCC/EXCLUSIVEっていうコミコン限定版をリリースたり、遊びに来たデザイナーズトイの作家が、みずから自作の限定版にサインしてくれたりする。
夢のまた夢、別の夢。
私は病室で顔が膨張する感覚と闘いながら、どうせ膨らむなら膀胱の方にしてくれと心で叫び、旺盛な尿意の到来を夢見るのだった。
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ここがエンタとオモチャの夏の聖地サンディエゴ・コンベンションセンターです。
行きてぇ。


by tomenosuke_2006 | 2006-07-20 13:52 | ネフローゼ症候群
お見舞いと饒舌。
むかし、1980年。
LA生活をはじめたとき、一日も早く英会話をマスターしたい一念で、あることをこころに決めた。
・・・日本語を話さない生活をする。
ダウンタウンには日本の商業施設が集中するリトルトーキョーがあり、街のいたるところで日本人が営む日本食レストラン、マーケット、ガスステーションや自動車修理工場、旅行代理店や保険会社、診療所や弁護士事務所など、いろいろ何でも見かける。
つまりアメリカに住んでも、日本語だけで生活しようと思えば難なくできてしまうのがLAなのだ。
英語を学びたいと思う人には、治安も含めて危険な場所というしかない。
口がホームシックを訴え、たまに日本食を食べには出たけれど、あとは極力、日本人との接触をさけ、片言の英語でやり抜いた。
おかげで、とんでもない中古車を買わされたり、修理代をぼったくられたりで、課外授業にもけっこうレッスン料を払ったものだ。
とにかく、そんな生活を続けて半年ほどたった年の暮れ、東京時代の友人が遊びに来た。
積もる話は山とある。
LAXに迎えに出てから、当時ハマッていたPioneer Fried Chickenでカリカリの鳥の唐揚げを食べ、夜のチャイニーズシアターで最後のショーを観るまで、とにかくしゃべり続けた。
恥ずかしいくらいに。
そう、日本語を話すことに飢えていたのだった。
個室にこもり、病院のスタッフとは必要最小限の言葉しか交わさず、あとはキーボード相手にひとりごとの日々。
半月ちょっとしかたっていないというのに、きょうの午後、お見舞いによってくれた友人カップル相手に、まるでLAに住みはじめたころの調子でしゃべりまくった。
おもに007のこと、たわいない。
その話し中に看護師さんが入浴の順番が回って来たと告げに顔を出し、なんか救われた感じがした。
私よりも、お見舞いに来た友人が?
病室に誰かをたずね、具合やら経過について会話したのち、かならず沈黙タイムに突入し、だからといってさっさと帰るのは薄情な気がする。
そんな経験をしたことがあるような。
そういう時、もし医師が回診で病室をおとずれたり、看護師が“男子入浴中”の札を持ってあらわれたら、それこそ千載一遇のチャンスではないか。
もちろん友人はチャンスをものにした。
ジェームス・ボンドがロシアより愛をこめてでギミックいっぱいのアタッシュケースを使ったのがきっかけで、オヤジたちの間でアタッシュケース・ブームが巻き起こったという話、まだなんだけどなぁ。
あしたの朝は週のはじめの尿と血液検査があり、3日間の日程でパルス療法の点滴がはじまる。
1回目がダメても、2回目で効く人が少なくないという話を信じて、おやすみなさい。
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by tomenosuke_2006 | 2006-07-17 23:56 | ネフローゼ症候群
ささやかな夢、大きなシッコ・・・もとい、嫉妬。
パルス療法やステロイドの錠剤プレドニンが効くと腎機能が活発になり、尿に“漏れ”出ていたタンパクが減りはじめる。
減ると血清のアルブミン濃度が上がり、上がると血液のバランスが保たれ、血そのものに張りが出て、血中の水分が毛細血管から“漏れ”出なくなる。
なると同時に体内に“漏れ”出ていた水が吸収され、一度、血にかえり尿となり、浮腫みは消えていく。
これを「漏れの三変化」という、かどうかは知らないけれど、治療がうまくいけばウザイ浮腫みは、やがてオシッコとなり、小便器を経由して忘却の彼方へと消えて行くのだ。
ゆえに快方に向かっているかどうかを確かめる目安として、浮腫みの状態、もしくはオシッコの量がとりざたされる。
主治医の小田先生や担当医の新之介先生からは、ふたこと目には、オシッコの量について質問される。
看護師さんとの朝のあいさつも、もっぱら、オシッコ出てますかぁ、である。
ここにいると、オシッコは人生である。
排尿時は男子トイレの小便器に向かって立つが、大事なオシッコは便器にはぶちゃけない。
計量カップのようなプラスチックの容器に丁重に注いだのち、2リットルの畜尿ビンに移しかえる。
そのビンはトイレにしつらえられた棚に置かれ、朝、前日分が捨てられてカラになり、また畜尿の1日がはじまる仕組み。
患者として決められた日課といえば、これくらい。
なんと単純で、簡単過ぎる日々の連続だぁ。
トイレの棚には、もちろん他の患者の畜尿ビンもならんでいて、変化に乏しいこんな毎日だから、他人のオシッコを見て一喜一憂する人になってしまった。
同じネフローゼ症候群の患者なのか、あるいは別の病気で畜尿しているのか知らないけれど、なみなみと溢れんばかりに注がれた重そうな2リットルビンを目の当たりにしたりすると、心の奥底から羨ましく思うのだ。
大きなシッコに嫉妬する最近の私なのでした。
by tomenosuke_2006 | 2006-07-15 23:44 | ネフローゼ症候群
もう一回、やります。
午後、ノートブックでゴールドフィンガーのDVDを観ていたら、詳しくはショーン・コネリー・ボンドがワラの山に投げ飛ばしたプッシー・ガロアを羽交い締めにして、むりやり彼女の唇を奪おうとしているとき、主治医の小田先生が研修医の若い子たちを何人も従え、回診にいらした。
けさの尿と血液検査の結果、先週はじめのパルス療法後に低下したタンパク尿が、またちょっと増え、それに反比例して血清のアルブミンというタンパク質が下がる典型的なネフローゼ状態だと知らされた。
落胆する私を励ますように担当の研修医、新之介先生が、それでも入院時と比べれば改善してるからと言葉を添える。
結果は、連休あとの来週火曜日から3日間、もう一度、パルス療法をうけることに。
摂取している水分以上にオシッコが出て、ゆっくりだけれど浮腫みは引きつつあるし、体重も入院時からくらべて2キロは減った。
2度目のパルス療法で、何がなんでもスッキリしたい。
プッシーといっしょに着地したパラシュートの中で、ボンドが味わった以上のスッキリ感。
今度こそ映画のエンディングのようなカタルシスを期待したいと思うのだった。
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by tomenosuke_2006 | 2006-07-13 23:55 | ネフローゼ症候群
東5F。
エレベーターを出てすぐ正面中央にある“東5F・ナースステーション”をはさんで、右に6人部屋が、左に個室がつづく。
ナースステーションのうしろにはリネン室、男子トイレ、汚物処理室、女子トイレ、浴室、洗面洗濯室が整然とレイアウトされ、リネン室以外は6人部屋側からも個室側からもアクセスできるようになっている。
建物は古いが、機能的。
男子トイレに洋式(車椅子用)がひとつしかないのをのぞけば、入院生活に不便は感じない。
私の部屋は通路のいちばん奥にあるバストイレ付き特別室の手前、洗面洗濯室の斜め向かいにある。
したがってエレベーターを降りて自室へ行くには、ほとんどの個室のまえを通り抜けねばならず、中にはドアが開け放たれた部屋もあり、いやがおうにも室内の様子が目に飛び込んでくる。
東5Fには腎臓内科以外に、耳鼻科、神経内科、放射線科のさまざまな病状の患者が入院生活を送り、全部で61床のベッドに空きはない。
ある個室は、つめかけた家族が老人の横たわるベッドを取り囲み、騒然とした雰囲気に包まれていたが、いまは落ち着きを取り戻した。
ブルーのチューブをつけた別の老人は、身じろぎひとつせず、いつも顔を窓に向けて横たわっている。
果たしてその人は空を見ているのか、それとも目を閉じているのか、私には分からない。
ベッドのかたわらに吊るされた大きな点滴の袋越しに見える夏の空は、黄色い薬液の色と重なって、異様に重苦しい。
ベッドを取り払い、マットレスを2枚、ならべて敷いた部屋もある。
そこには老夫婦がいるのだが、どちらが病人で、どちらが付添なのか、いまだに分からない。
朝、きまって「痛い、痛い」と悲痛な声を上げる人。
からんだ痰(たん)を吐き出そうと、しじゅう洗面所で咳き込む人。
消灯後の暗くなった通路でしか見かけない車椅子の男性。
その人は他界した父と同じ糖尿病の合併症で壊疽(えそ)を患ったのだろう。
左足が膝下からない。

病院で過ごしていると、いままでとは異なる速度でゆっくりと心が働くようになる。
なぜそんなに先を急がねばならなかったのか。
慌てすぎて見落とした事柄、失ったものがあったことに気付かされる。

痩せ衰えた老婦人を車椅子に乗せ、時間はありあまるほどあるからと、毎日、院内を散歩する紳士。
細い腕で夫を支え、便座に腰掛けさせたあと、すみませんといって男子トイレを離れていったその妻は、あきらかに私と同世代だ。
孤独を垣間見、一方で絆の尊さを知る。
ネフローゼ症候群を治すために来た私だったが、退院するころは、少しは心も改善されているかもしれない。
パルス療法の効果はいまだ劇的にはあらわれず、2度目の療法を施すかどうか、明日の尿と血液検査のあと、決められる。
by tomenosuke_2006 | 2006-07-12 23:22 | ネフローゼ症候群
狸の気持ち。
ネフローゼ症候群がもとで引き起こされる浮腫みというやっかいな症状。
はじめのころは、朝、まぶたが腫れたり、動き出せば引く程度に足が膨らんだくらいだった。
が、ついに履ける靴がなくなり、浮腫みは足元からふくらはぎ、ももから腹回りに拡大移動するようになって、ここ県立岐阜病院へ来た。
浮腫みを引き起こす体液は重力にしたがい、からだのあちこちに移動する。
入院の翌朝(7月1日)、疲れ切って寝込んだせいか、枕から頭を落とし、右頬を下にしたままの状態で目覚めるとロン・チャーニーも及ばない生のモンスター顔。
ついGR DIGITALで自分撮りしてしまった(非公開)。
浮腫みは血液中のアルブミンというタンパク質が尿に漏れ出るのが原因だ。
そのアルブミン濃度が低下するとコレステロールが増え、感染症にかかりやすくなったりで、ひとつもいいことはない。
とにかく悪化させては、明るい未来は来ないのだ。
そういうネフローゼの状態を知るのにも、浮腫み具合は目安になる。
とりわけパルス療法が効くと腎臓の動きが活発になり、オシッコの量が増えて、浮腫みのもとの余計な水が排出される、らしい。
効き方は個人差があり、早ければ療法開始4日目ぐらいからジャンジャン(2リットル以上)出て、すっきり浮腫みが消えて、体重も減る。
ちょっと遅れて1週間後ぐらいに効果が出る人や、結局、出ない人も。
自分の場合はというと、先週の金曜日、腎生検の朝、つまりパルス療法が終わって2日目の朝に2リットル達成し、もとの足を取り戻して喜んだのもつかの間、旺盛な尿意は一瞬にして途絶え、徐々に浮腫みがぶり返してきた。
ただ、最近はベッドであぐらをかいでノートブックに向かってばかりいるものだから、体液は重力にしたがい・・・a0077842_5372799.jpg
狸の置物には八相縁起というのがあって、たとえば大きな笠は「悪事災難を避けるため」。
で、股間のあれは金袋といい、水ではなくて、「たっぷりお金が詰まってる」んだってさ。
さぞかし歩きにくいだろうと、実体験から同情してみたけれど、あれがサイフか貯金箱なんだと知ったら、うらやましくもあり。
タマにタマってタマりません。
オチのつもりで考えたこのセリフも、自分と狸では、まったく意味がちがうんだと、いまさらながらに知りました。

右の信楽焼の狸は留之助商店の取扱商品ではございません。


by tomenosuke_2006 | 2006-07-09 19:13 | ネフローゼ症候群
七夕の腎生検。
タナバタだったんだ。
昼食を抜いた午後1時、腹部のCTを撮るよう伝えに来てくれた看護師さんから、七夕だと教えられた。
7月7日=ぞろ目のラッキーセブン=腎生検ではいい結果が出ますように=星に願いをかける気弱なワタシなのでした。

息を吸ってぇ・・・止めてぇ・・・はい、楽にしてぇ。
きのうはこの言葉を何度も耳にした。
まずはCTスキャン。
次は、自室で抗生物質の点滴を受けたあとに向かった腎生検の処置室で。
レントゲンのベッドに腹ばいになり、さっき抗生物質を注入したサーフローに今度は造影剤の点滴がつながれ、映像を見ながら主治医の小田先生が針を刺す部位に印をつける。
息を吸ってぇ・・・止めてぇ・・・はい、楽にしてぇ。
腰に打たれる局部麻酔の恐怖を紛らわせようと、血液検査や点滴など、ここに来てからいったい何回、針を刺されたことだろう、なんて思ってみる。
パルス療法初日、そういえば看護師さんがサーフロー打つのに失敗し、二度打ちされたりして、けっこう修業は積んできたのだ。
麻酔注射のあと、背後の小田先生から“バッチン”という金属音を聞かされて、処置中にこんな音がしても、けっして動揺しないようにと声をかけられる。
腎臓に突き刺した針の中を通り、糸球体を引っかけて採り出す、何か恐ろしい形状の道具にちがいない。
息を吸ってぇ・・・止めてぇ・・・バッチン・・・はい、楽にしてぇ。
もう一度、息を吸ってぇ・・・止めてぇ・・・バッチン・・・はい、楽にしてぇ。
ホッ。
違和感は感じたものの、腎生検はあっという間に終わった。
ここ岐阜病院の年間の腎生検症例数は100件以上。
さすが小田先生は熟練してらっしゃる。
止血剤の点滴につけ換えられ、移動ベッドで部屋へ帰る。
ちょっと大袈裟。

内科的腎疾患の正しい診断に欠くことの出来ない検査が腎生検。
この結果で今後の治療の方針が決まる。
院内で行われる顕微鏡検査の結果は1週間後。
さらに詳細な病変を調べるための電子顕微鏡による検査が外注に出され、結果はおよそ1カ月後に出るとか。
夕食後、血圧検査が繰り返され、針を刺したあとの傷口から出血がないかどうか何度も確認されて、眠れぬ七夕の夜のはじまり。
寝返りはうてないし、ステロイドの副作用で目がさえて、検査まえに入札したebayのJVC Video Capsuleが落とせたか、とくに気なるのだった。
by tomenosuke_2006 | 2006-07-08 12:22 | ネフローゼ症候群
ブログ準備、パルス療法。
この個室、ネットは快適なくせに、ケータイがつながりにくい。
けれど、心配無用。
名古屋の多丸さんにはSkype使ってブログ立ち上げのサポートをしてもらえばいい。
彼の奥さんが、新居を建てるまでの道のりやら寄り道をブログ傾斜地のケーススタディハウスで淡々と綴ってらっしゃるのを拝見して、楽しそうでもあり、彼女のゆったりした暮らしぶりをうらやましく思っていた。
ネフローゼ症候群で手に入れた、店主ゆとりの入院生活。いまこそブログでしょう。

a0077842_2150467.jpg週末かけてブログの体裁を決め、6月3日月曜日には3日間がかりのステロイド静注パルス療法がはじまった。
簡単にいえば、1日250mLのステロイドホルモンを1〜2時間かけて点滴し、血液のろ過装置ともいうべき腎臓の糸球体基底膜(タンパク質を漏らさないための膜)の、あらくなった網の目を矯正させる治療。
浮腫は尿にタンパクが漏れ出ることに起因する。
パルス療法が効くのは、ふたりにひとりの割合だとか。
効いても再発することが多く、場合によっては薬漬けの生活を強いられる。
点滴の2日目、つまり7月4日火曜日、ブログをアップ。
ん、これは面白い。
点滴3日目、もはや病みつきになってしまった。
ステロイドホルモンじゃなくって、ブログのことだよ。
7月6日からはステロイドの錠剤プレドニンを30mm、服用。
いっきにステロイドを止めてショックを起こさないよう、徐々に減らしながら様子をうかがうらしい。
抵抗力を発揮するのに重要なタンパク質を尿に失っているところにもってきて、ステロイドはさらに抵抗力を低下させ、ちょっとした風邪でも肺炎に進行し、最悪、命にかかわることさえあるという。
看護師さんからマスクとうがい薬をもらい、主治医の小田先生からはステロイドの副作用についてレクチャーを受けた。
病気のことばかり書いていると暗いブログになりそうだから、たまにはオモチャネタ(↓)をはさんだりして、とりあえずリアルタイムの7月6日木曜日にたどり着いた。
なんだ、この使命感のようなものは・・・
明日は午後から腎生検。
局部麻酔で腎臓に針を刺し、糸球体を取り出して、その弱り具合をチェックするのだ。
ちょっと、怖い。
看護師や研修医の新之介先生に頑張ってと励まされると、小心者の店主はますます萎縮するのだった。
あした一晩は安静にしてなくっちゃダメらしく、ブログが書けないのがさびしいような。
by tomenosuke_2006 | 2006-07-06 22:05 | ネフローゼ症候群
一難去って、快適ネット入院ライフのはじまりだ。
下呂市と岐阜市、往復4時間近くのドライブはネフローゼ患者にはキツイ。
もう1カ月ほどまえから、とくに足の浮腫(むくみ)がひどくて、すんなり履ける靴がなくなっていた。
kidrobotキッドロボットで手に入れたダニー印の500足限定スニーカー(サイズ9)も、一度ムリヤリ足を突っ込んだだけで、箱に戻した。
猿の惑星の裸足のコーネリアスに履かせてあげたくなるような無印良品製の茶と黒のツートンカラーのサンダル(LLサイズ)が、いまでは唯一の普段履き。
それにしたってクマのぬいぐるみのように腫れ上った足はサンダルからはみ出て、甲にはバンドの跡がくっきり段差になって残る。
痺れたような、痛いような感覚は、たまんねぇー。
一刻も早く下呂に帰り着き、ひとまず足を伸ばして休みたいの一心で飛騨街道を飛ばしていると、前方の交差点で渋滞のクルマをポリスが約3名、さばいている。
イヤーな予感。
すぐ先のトンネル内で玉突き事故が発生したため全面通行止めとなり、交差点を反対方向に迂回して山道を抜け、下呂に向かうしかなくなった。
あと1時間が、あと2時間に延長。
ネフローゼは足が浮腫むだけじゃない。
パワーが持続しないのだ。
徐々に体力が衰え、いまでは健康なころの4分の1ぐらいしか力が出ない。
あらゆる意欲を吸いとってしまう底なしの疲労感に全身が侵略されているような。
ジャック・フィニィのボディスナッチャーの餌食になったような。
が、もうこれ以上、泣き言はいうまい。
いまは昼の12時。
とにかく5時前には岐阜病院へ舞い戻り、いくつか検査を受けたあと、入院の手続きを済まさなくては。
会社に顔を出したり、家を片づけたり、入院のための荷造りに費やすことができるのは1時間だけ。
店長候補君が3倍速ビデオのフットワークで助けてくれた。
バタバタのあと、彼のクルマの助手席に倒れ込み、気がつけば、もう病院の駐車場。
尿、血液、心電図、エコー、レントゲンのフルコース検査も無事済ますことができ、個室に入ると、すかさずノートブックに灯を入れた。
と、なんとAirMacがつながってしまったのだ。
しかも早い、早い、光の早さ。
入院患者用にワイヤレスネットワークが完備しているなんて、まさか。
この際だ、セキュリティうんぬんとか、余計なことは考えないでおこう。
これは天の恵みにちがいないのだ。
そうに決まっている。
・・・幸先のいい入院生活のはじまりを、予感しないではいられなかった。a0077842_948477.jpg



ダニー印の限定スニーカー。せっかく手に入れたんだもの、旬なうちにはきつぶしたかったです。


by tomenosuke_2006 | 2006-07-05 19:12 | ネフローゼ症候群