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大物荷物搬入完了。
8月21日(月)にトラック2台、24日(木)にさらに2台、で、きのう26日(土)に最後の1台。
このまえのビューティーバーを入れたら延べ6台で、ついに大物荷物の搬入が終わりました。
ものがものだけに神経をつかい、店主も店長君もデジカメを構えるゆとりすらなく、唯一撮ったのがこの写真です。
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日通の作業員さんが去り、静かになった夜の店内で、エイリアン・ウォーリアのヘッドを点検する店長君、ホッとしてます。
下の写真は、きのう店長君がケータイで撮った最後の1台。
日通さんにこれ以上お願いしてはオーバーバジェットになってしまうからと、友人のトラックに怪物パンプキンヘッドを直積みして、下呂市の倉庫から高山市のお店へ向かいました。
すれちがうクルマ、道行く人たちをビックリさせながらの珍道中でした。
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by tomenosuke_2006 | 2006-08-27 10:35 | 留之助商店計画
ひさしぶり。
おひさしゅうございます。
お店の準備もさることながら、8月というのは何かと気ぜわしく、このブログも2週間以上放置したままで、大変失礼しました。
ひさしぶりといえば、これこそ正真正銘のアフター・ア・ロング・インターバルというやつでしょうか、23日、とても懐かしい人から電話がありました。
いまから10年まえ、東宝映画学校の怪談シリーズの1〜3作のSFX部門で遊ばせてもらったことがあるんですが、その1・2作の助監督、蝶野さんから突然電話があり、ロケハンでこれから下呂に入るといいます。
今度の映画で古い芝居小屋を使うらしく、下呂にある地歌舞伎の文化財鳳凰座白雲座を見たあと、お隣の加子母(かしも)の明治座によって中津川市で一泊。
翌日は高山市の飛騨の里をまわるとか。
で、せっかくだからどこかで会いましょうということになり、さっそく地酒の美味しいところを2本持って、鳳凰座へ向かったのでした。
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と、なんとノスタルジックな顔ぶれだこと。
芝居小屋の奥には平山監督。
のっそり横からあらわれたのは柴崎カメラマン。
あらっ、美術の中澤さんもいれば、照明の上田さんまで。
製作の宿(しゅく)ちゃんが、あしたのロケハン先へ段取りの電話をしている。
みなさん元気そうで、学校の怪談2のときのまま。
ずーっと自分のペースでこの10年を過ごしてきた人特有のゆったり感を漂わせている。
柴崎さんはいくぶん白髪が増えた感じだし、中澤さんも老眼鏡が離せなくなったようだけれど、変化といえばそれくらい。
なんか自分だけが10歳、年をくったような錯覚に陥ってしまいました。
学校の怪談3のあと、その1=ン千万かけて作ったレストランを1年で潰し、その2=離婚を体験して、その3=人まかせにしていた弁当屋を建て直すべく、とくにまじめに働き、その4=掘り出し物を見っけて再婚し、その5=目標以上に会社の業績を伸ばしてホッとしたのも束の間、その6=気がつけば過労が原因で腎臓を病み、その7=2度目の入院治療でやっと健康を取り戻せそうなあんばいになり、その8=生き方をちょいと軌道修正することに。
その9=先を急いだり、焦ることをきっぱりやめて、その10=こどものころからの夢だったオモチャ屋さんを目指す。
真面目に映画界にいては、なかなかできない経験ではあります。
高山ロケハンの昼食の段取りは宿ちゃんにかわって、店主がしてあげました。
当社が従業員給食をお世話させていただいているひだホテルプラザの堀社長にお願いして、格安で肉料理のランチを出してもらうことに。
当日は留之助商店最大の大物荷物の搬入日で、目と鼻の先にいながら、映画の仲間に会えなかったのは残念でしたが、近くでロケがあるときはエキストラで駆けつけますので、ひとつよろしく。
お店にも遊びに来てください。
助監の蝶野さんから、高山を離れ際に「また今度」の電話が。
そう、彼に聞くのを忘れていたことがひとつありました。
蝶野さんといえば10年前からのMacユーザーで、それはもう大事に綺麗にPowerBookを使っていて、学校の怪談2のとき、調子が悪くなったのを2度ほどレスキューしてあげたけれど、いまはどんなノートブックを愛用しているのかな。
今度、時間があるとき、ゆっくりそんな話をしてみたいものです。
ちなみに上の新聞記事の写真、左端の半ズボンが蝶野さん、その後ろにチラッと見える白シャツが美術の中澤さん、中央のジーンズが平山監督、右端が柴崎カメラマンです。
この秋クランクインする“東海道中てれすこ旅”が無事成功しますことを心より祈念いたしまして、ひさしぶりのブログを締めさせていただきます。
by tomenosuke_2006 | 2006-08-27 07:44 | TV・映画・ビデオ
ボツ。
留之助商店のサイトのトップページの右下に、“プロップレプリカ”の入り口が用意してあるのだけれど、そこに使っているハン・ソロのブラスターガンがいまいち普通すぎて面白くない。
で、これなら“変で普通でないモノ”にもひっかけられるしと、倉庫から見つけ出して、8月10日の再撮のついでに晋君に写してもらったのが下の写真(モザイク入り)である。
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時は1974年。
SWが公開されるまえ、SF映画がキワモノとかゲテモノといわれ蔑まれていた時代に、ひと目をはばかるがごとくコッソリ公開された低予算のスペースオペラ映画があった。
その名もフレッシュ・ゴードン
アレックス・レイモンドのコミックスを映画化した1930年代の“フラッシュ・ゴードン”のパロディで、しかもソフトコア・ポルノである。
宇宙の彼方にあるエキサイト惑星から、人類をエッチにしてしまうポルノ光線が発射され、そのお下劣な企みを打ち砕かんと、我らがヒーロー、フレッシュ・ゴードンが恋人デールやジャーコフ(マスターベーションの意味、日本語字幕ではマスカキと訳され赤面しました)博士とともに、ポコチンロケットに乗って宇宙の旅に出る。
もう解説するのも馬鹿ばかしい内容だけれど、モデルアニメやミニチュアによる手作りのSFXは楽しめた。
で、上の写真はそのフレッシュ・ゴードン愛用の光線銃で、映画のミニチュア製作を担当した当時の美大生グレッグ・ジーン(その後、スピルバーグの“未知との遭遇”や“1941”のミニチュア部門を監督)が冗談半分で作ったもの。
それを店主が25年まえ、グレッグ本人から譲り受けていたのを思い出し、ピンクの色合いもよし、珍品の度合いからいっても過不足なしで、留之助商店のサイトのトップに使おうと思ったのだけれど・・・やっぱりやめました。
ワイセツすぎます。
同性ながら、見ていて恥ずかしくなります。
というわけで、これが最初で最後の本邦公開。
とくとご覧あれ、です。

18歳未満は見ちゃダメ
by tomenosuke_2006 | 2006-08-12 17:10 | プロップ
一方、下呂・高山では。
a0077842_23433063.jpg長いあいだ下呂市の自宅車庫に置かれていたビューティーバーの搬送が、10日の朝9時からはじまっていた。
店長君が地元の日通さんと何度も打ち合わせ、万全の体勢で挑んだのだった。
なんたって、店長君の命よりも大事(?)なビューティーバーなのである。
a0077842_23533371.jpgビューティーバーとは1930年代〜1950年代のアメリカのデパートの化粧品売り場で使われたショーケース兼セールスカウンターのこと。
曲げ木と曲げガラスを使った流線型のデザインで、めったに手に入るものではない。
a0077842_045720.jpgいまから16年前にLAのアンティックショップで見つけ、いずれオープンするオモチャ屋のために、ず〜っと、とっておいた。
もし曲げガラスを割ったりでもしたら店主にあわせる顔がない・・・店長君はそんな心境で作業を見守ったのだった。
a0077842_012094.jpgトラックの空いたスペースにはオモチャ入りの段ボール箱を積み上げて、いざ高山市へ向かって出発進行。
縛りつけたロープが緩んでこないか目を光らせながら、店長君がトラックの後を追いかける。
a0077842_020089.jpg高山市本町3丁目44番地に到着。
いったんお昼をはさんで、午後から降ろし作業がはじまるのだけれど、もしかしてこの通りって、大型車は道路使用許可がないと乗り入れ禁止じゃなかったっけなぁ。
あまり深くは考えないことにしましょう。
a0077842_1014824.jpg大きすぎて木枠のままではお店の中に入れられず、店先で解体作業が始まる。
ここでバラされた板材は、後日、別の大物の搬送に応用されるらしい。
とにかく気の抜けない慎重な作業が続く。
a0077842_1015411.jpg徐々に露になっていくビューティーバーの美しすぎる肢体。
このあと、灯を入れた瞬間、一堂、「オォォ」となったとか。
店長君、うっとり眺めたり、カウンターに立って接客のフリしてみたり。
みなさん、本当にお疲れさまでした。

ビューティーバーの全貌です。
by tomenosuke_2006 | 2006-08-12 01:21 | 留之助商店計画
さらに岐阜で。
本巣市にある従弟のカメラマン、晋君のスタジオへ。
留之助商店のサイトのトップページを拡大ポスター化して店頭に飾ったり、9月30日発売のオモチャ雑誌クワントに出す1ページ広告を、同じバリエーションのデザインでいこうと考えていたのだけれど、重大なことに気付いた。
じつは晋君に撮影してもらったネタはすべてサイト用の軽いデータで処理され、印刷に十分な解像度ではなかったのだ。
そこで県立岐阜病院へ来たついでに、必要な絵の再撮を敢行したのだった。
一段落して休んでいると、高山市にいる店長君から電話。
朝9時からはじまった最初の大物の搬入作業が、いま無事終了したという報告だった。
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by tomenosuke_2006 | 2006-08-11 23:31 | 留之助商店計画
まず、岐阜で。
8月10日は退院以来はじめての診察日、朝食抜きで県立岐阜病院へ向かった。
病院の規模の割には狭すぎる駐車場にやっとの思いでクルマを停め、ドアを開けるなり油蝉の声に迎えられて、正面玄関をくぐれば大変な人いきれを目の当たりにする。
夏の病院。
腎臓内科にかぎらず、外来の待合室はどこもかしこも診察を待つ人でごった返し、みな一様に疲れた顔をしている。
もしかしたら私がいちばん元気かもしれないと思えるほど本日は体調すこぶる良く、検査室で血液と尿の採取をすませると、15分で診察の順番がめぐってきた。
ひさしぶりの小田先生。
尿タンパクの量は横ばいだが、血中アルブミンの数値がわずかに上がり改善が認められると診断され、朝食後に服用するステロイド剤のプレドニン5ミリが6錠から5錠に。
薬が減るのは率直にうれしい。
最近、頻繁に手足が吊って、数日前も名古屋の大須で動けなくなり、しまいには歩道に倒れ込むという醜態をさらしてしまった。
内心、ネフローゼ症候群に起因する深刻な問題かと心細い思いでいたが、小田先生のひとことでその悩みも失せた。
つまり脱水症状が原因だったのだ。
浮腫みで辛い思いをして以来、無意識のうちに水分の摂取を控えるようになり、汗をかく夏になってもそれは変わらず、一種の慢性脱水症状に陥っていた。
結果、吊った。
そういえばマラソンランナーが競技中に足が吊ったりしてリタイアする場面を見たような気がするが、きっとあれも原因は脱水症状なのだろう。
ふつうに水を摂れば手足が吊るようなことはなくなると。
塩分をきちんとコントロールしていれば、摂った水は必要な分だけ吸収され、あとは排出されると、教えられた。
次回の診察日は約1カ月後の9月7日。
病院近くの処方せん薬局で28日分の薬を受けとると、きょうのもうひとつの用事を済ませるため、岐阜病院からおよそ30分先の本巣市へ向かった。
by tomenosuke_2006 | 2006-08-11 22:35 | ネフローゼ症候群
ピッカピカ。
a0077842_531790.jpgご報告を忘れてましたが、先週末、高山市のビルメンテナンス会社ダイワ・クリーンサービスさんに格安でお店の大掃除をしてもらいました。
まえのお店(ピンクハウス)が新しいビルへ移ってかれこれ10年、ここはずっと物置として使われ、けっこう汚れてました。
a0077842_535849.jpgもともとはたっぷりお金をかけた作りの店舗兼住居3階建。
フローリングはムクの板を使った本格派で、磨けば磨くほど、深い味わいがよみがえってきました。
a0077842_539298.jpgクリーニングが終わり、床のワックスが乾くのを待って、店長君がハイエースいっぱいに積んできた商品を搬入。
これ、店主の自宅のひと部屋を占拠していたデザイナーズトイの一部です。
a0077842_5534483.jpg生まれ変わった床、真っ白になった壁。
左側の壁沿いにショーケースをならべてデザイナーズトイやフィギュアを飾り、奥の間にはフルスケールのロボットやモンスターを置く予定です。
a0077842_6463593.jpgお店なかほどには、いい感じの吹き抜けが。
3階の住居部分から見下ろした写真です。
この吹き抜け部分の壁にも、とっておきを飾ります。
a0077842_6504851.jpg2階にもけっこう広いスペースがあり、商品撮影用のスタジオ兼事務所兼応接室にでもしようかと思ってます。
by tomenosuke_2006 | 2006-08-11 06:57 | 留之助商店計画
ホームページ、ちょこっと更新しました。
トップページ→デザイナーズトイ→ダニーとたどってみてください。
当店の在庫の8インチ・ダニー全40種類が3ページにわたってご覧いただけます。
お店のオープンと同時に発売予定です。
by tomenosuke_2006 | 2006-08-09 14:16 | 留之助商店計画
ブレランのニーゼキさんが・・・
プレドニンの副作用だと思うのだけれど、店主は入院中からいまも1時間寝て、2時間起きるみたいな不規則な生活を続けている。
が、慣れてみると、これがじつに都合いい。
とくにeBayやったり、販売開始と同時にオーダー入れなきゃ手に入らないような海外の限定モノを買い付ける場合、タイムラグの関係で深夜から夜明けにかけてにわかに忙しくなる。
そういうときに、薬が貢献してくれているというわけだ。
で、その朝もロウブロウアートの大御所で、かつてTVショーピーウィー・ハーマン・プレイハウスの美術監督もしたゲーリー・パンターモノを狙っていた(この人のことも、いずれ書きたいと思ってます)。
彼のヒット・コミックスJINBOのハンドメイドのヌイグルミで、11年まえの1995年に100個だけ作られたという、まだデザイナーズトイというカテゴリーがなかった時代のもの。
しかも奇跡のMIB(メン・イン・ブラックじゃなくってミント・インザ・ボックス)で、NYの書店がeBayに出品してたのを見つけた。
すでに入札件数は20をこえ、終了時間まえ数秒の攻防になることは想像できたから、その時間、日本時間の朝5時には万全の体勢でノートブックのまえに鎮座した。
意気込みがちがうから、もちろん勝(買)った。
その落札の瞬間がたまらない。
コレクターにはいろんなタイプがいるけれど、店主などは、ちょっと毛色の変わった部類かもしれない。
変で普通でないモノ、まえから探していたモノ、憧れの品など、つまりお目に叶うオブジェモチャと出会い、手に入れることができると、もうその時点で9割がた満たされてしまう。
山のようなコレクションは集めたくて買ったのではなく、出会いを尊び、買う快感に耽っていたら集まってしまった、といった方が正確なのだ。
だから、お店でコレクションを売ることに抵抗はない。
むしろすべて一度は店主が情愛を傾けた品々、玩具問屋が回してくれる商品とはLOVEの格がちがう。
どれもこれも偏愛のたまもの、自信の品なのである。
一度は手にしてみたいと思っていた念願のJINBOが手に入り、eBayから落札通知が届いたそのすぐあと、ブレラン研究家でコレクターのニーザキさんからメールが入った(早起きなんだなぁ)。

「さて、自慢話をひとつ」
「ブレランファンなら、いつかは・・・のアイテムをゲットしました」
「コレ↓です」
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「今私のパソコンの横で鎮座してます」
「朝から自慢でした」

ニーゼキさんは、およそ四半世紀のあいだブレランに関するものなら何でも、資金が許すかぎり次から次に集め続けている真のコレクター(収集家)である。
そんな人が新たにゲットしたのが、上の写真のeBayに出品されていたムービー・プロップ・ミニチュアで、落札金額は締めて800ドル。
長さ35センチ足らずの薄い1枚の銅板に、およそ10万円を注ぎ込んだのだった。
それは未来都市のランドスケープのミニチュアセット用に、エッチングで作られたビルのシルエットのひとつで、何百枚(もしかしたら何千枚)も作られたうちの、わずかに現存する1枚。
出品者はそれを専用のディスプレーケースに入れ、スタート価格350ドルで出品し、最終的に800ドルで落札されたのだった。
が、店主は1980年代のある日、いまでは800ドルのエッチングを、値段に換算すればおよそ8千ドル分か、それ以上を、この足で踏み潰していたことになるのだ。
そのことをニーゼキさんにレスると、すかさず「デロリアンに乗ってひろいに行きたいです」。
そこで店主、デロリアンを横取りして、一足先にあのときの様子を確認してくることにした。

ブレランの撮影が終わったころ、映画ジャーナリスト時代の店主は何度もSFXスタジオEEGを訪ねていた。
講談社と進めていた日米バイリンガル出版のSFX本について、ブレランのSFX監督、ダグラス・トランブルと打ち合わせを重ねていたからだった。
この企画はSFX界のトップアーティスト3名を厳選し、彼らのキャリアと作品と人となりを、それぞれ1冊のハードカバーにまとめ上げるというもの。
ミスター・トランブルは友好的で、当時彼がいちばん力を入れていた新映画システム“ショースキャン”を店主のために試写してくれたり、素晴らしい時間を過ごさせてもらった。
撮影が終わり、用済みとなったブレランのミニチュアセットが、しばらくスタジオに放置されていた。
用済みとはいっても、そのまま廃棄されるわけではなく、いくつかは再利用のため同業者に売られたりするのだ。
たとえばポリススピナーが離着陸した警察ビルディングは別のSFX関係者が買い上げ、屋上部分を切り離し、未知との遭遇特別編でマザーシップ内部の天井に流用された。
その未来都市の廃虚のまえを、オフィスからいちばん近いトイレや、試写室へ行くとき、かならず通り抜けたものだった。
通り抜けながら、例のエッチングのビルのシルエットが山ほど、大きなゴミ箱に打ち捨てられていたり、一部、床に散乱しているのを見た。
実際、床の上の何枚かを踏まなければトイレに行けないときもあった。
どちらかというと物欲の強い、記念にもらえるものならなんでもいただくタイプの当時の店主だったが、なぜかゴミ然としたエッチングには触手が動かず、そのまま踏みつけてオフィスへ戻ったのだった。
いま思えば、そんな扱いを受けたゆえに現存するものがきわめて少なく、結果あんな値段になってしまうんだろうなぁ。
ニーゼキさん、奇跡的に生き延びたその1枚には、そんな過去があったのです。

ところで日米バイリンガル本の企画は流れてしまった。
SFX界のそれぞれ異なるフィールドで活躍するビッグネーム3名という講談社側の要望に対して、ダグラス・トランブルとスペシャル・メークアップ・アーティストのリック・ベイカーまでは決まったのだけれど、どうしてもあとのひとりが思い浮かばないというか、アメリカにはいなかったのだ。
そうこうしているうちに徐々に創作意欲は減退し、別の本の仕事がはじまって・・・。
せめてもの救いはショースキャン・ビジネスの引き合いが多くなり、ミスター・トランブルがまえにも増して多忙な毎日を送るようになったことだった。
おおーっ、突然、睡魔が襲ってきた。
次のeBayまでおよそ3時間、ちょっと寝ます。
次は何を狙ってるかって?
じつはね、1964年から65年にNYで開催された万博のパビリオンのひとつで、モーターオイル会社“シンクレア”がスポンサードした恐竜庭園のスーベニアを集めているのです。
とくに60年代の解釈からなるプラスチック製の不格好な恐竜フィギュアが、じつにいい。
あっ、そこのあなた、店主の入札のジャマしたら、おっこるからね。
by tomenosuke_2006 | 2006-08-06 23:52 | プロップ
ツオイ看護師さんのお話?
思ったとおり、病院出ちゃうと、ブログがなかなか更新できなくなるんだよね。
っていうか、病院で使ってたノートブックを家の30インチのモニタにつなぎ、でっかい作業スペースでお店のホームページを思いっきり作りたい・・・これが入院中のいちばんの夢だった(?)から、自宅療養しながら、そればっかりしていた。
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途中、8月1日には本当にひさしぶりに映画にも出かけた。
関市のシネックスマーゴへ。
夫婦50割引をきかせようかと思ったら、その日は1日、映画の日で、運転免許証を提示しなくても1000円。
ロードショー1本=1000円というのが、ま、ギリギリ許せる値段だと思う。
このまえ行ったアメリカでマチネー(昼興行)割引が4ドル50(約585円)だったけれど、これ、私が住んでいた80年代から変わっていないような気がする。
夕方から割引されなくなっても、だいたい5ドル(約650円)だから、やっぱり日本は高い。
ちなみに調べてみたらフランスが4ユーロ(約600円)、韓国が6000ウォン(約600円)ときた。
ますます日本は高い。
いつだったか円高ドル安がすすみ、輸入製品が軒並み値下がりしたとき、映画代だけが逆に値上がって、日本の映画興行界って変わってるなぁと思ったものだ。
とにかく日本という国は海外の、とくに利益優先のハリウッド映画にとってはおいしいマーケットではあることは確かだ。
なんたって観客動員数がアメリカ本国の半分以下でも、興行収入は同じか、それ以上になるんだから、トム・クルーズだって日本の女性ファンといっしょに貸し切り新幹線に乗って愛嬌振りまくわな、である。
そう、もともとスパイ映画好きなところへもってきて、入院中にあのお祭り騒ぎのプロモーション風景をTVで目にしてたから、退院記念には旬なM:i:IIIでも観てみようといことで、関市のシネックスマーゴへ出かけてきたのだった。
ブライアン・デ・パルマ監督の1作目(1996年)のとき、元ネタのTVシリーズのような「個性豊かな仲間が一致協力し、不可能を可能に変える知能戦の醍醐味」が、映画版にはまるでないとか、いくつかの反則を黙認できない古くからの“スパイ大作戦”ファンの声を聞いたような気がするけれど、私は、もう、オッケーよ。
古いの恋しけりゃ、LD−BOXから出してきて観るぐらいのかいしょはあるし、導火線に火がついてはじまるあのテーマ曲を大音量で大きなスクリーン越しに聴けるだけで、血わき肉躍る。
ジョン・ウーのM:Iー2(2000年)も、ちがう映画だと思って臨めば、よし(年を重ねると寛大になるのです)。
そして映画の日割引で観たM:i:IIIは、じつにいいじゃないですか、であった。
シリーズ3作中、いちばん楽しめた。
知能戦+肉弾戦にも磨きがかかって、病み上がりの私がもしこのミッションに参加していたら、36回は死んでいたと思える激しさ。
敵役のカーポーティ俳優、フィリップ・シーモア・ホフマンもいいけれど、主人公トム・クルーズのフィアンセが看護師さんという設定が、いちばん気に入った。
というか、親近感がわいた。
映画はそのフィアンセがトムの目の前でカポーティ(役名やら俳優名がごっちゃになってるけれど、許せ)にぶっ殺されるシーンで幕を開け、時間は巻き戻されて、ことの発端へとさかのぼる。
そしてついにはトムのフィアンセ、我が愛しの看護士さんが、そんじょそこらのスパイよりもツオイところをみせるクライマックスへ・・・。
細かいことは言うまい、考えまい。
たとえば騒ぎの元の最終兵器のような「ラビットフット」が、いったい何なのか最後までわからないままだけれど、さっきもいったが、病み上がりに余計な心配、考え事は禁物なのである。
というよりも、詰め込んで濃い急降下型のアクションシーンを連続させて観客にのんびり考える猶予をあたえないアーキテクチャー(映画的構造)、それを実現した並々ならぬアビリティ(力量)、映画製作という大所帯の現場をまとめ上げたダイナミックス(力学)に、もう私のような病弱な中年は嫉妬さえ感じるのだ。
M:i:IIIは立派に若いパワー全開の映画なのである.
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勝手にこういう写真を使っちゃダメなんでしょうね。
映画会社さま、問題がありましたらコメントください。
即、削除させていただきます。


この映画のキメのひとつに、時間どおり、計算どおりにミッションが遂行されていく様を手際よくみせるというのがあるけれど、それはもはや様式美のごとく華麗に描かれて、憧れさえ抱かせてしまう。
で、私もあるミッションを帯びて、映画に挑んでいたのだった。
毎朝、服用している30ミリのプレドニンの作用でトイレが近くなりがちだから、チケットを買ってまず1回、席に着くまえに大事をとってさらに1回。
途中で席を立つ愚行だけは避けたいからと、そうしたにもかかわらず、やっぱり、しかもいいところで、情けないのであった。
・・・また、オシッコオチになってしまいました、失敬。
もういいかげんこのオチやめますと自分に言い聞かせながら、8月最初のブログを終わらせていただきます。
by tomenosuke_2006 | 2006-08-05 00:27 | ネフローゼ症候群