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ヤフオクに出品してみました。
a0077842_17204648.jpgヤフオクに新商品の一部を出品してみました。
これから新しいの、古いの取り混ぜながら、いろんなオブジェモチャを追加していくつもりです。
たまにのぞいてみてください。
by tomenosuke_2006 | 2006-10-31 17:28 | 留之助商店計画
留之助ホームページのこと。
トップページのデザインを3種類用意、アクセスするたびに絵が変わるようにしました。
中身はあまり進歩してませんが、とりあえずデザイナーズトイのベースマンとビスカップ商品それぞれに値段を入れました。
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by tomenosuke_2006 | 2006-10-31 12:34 | 留之助商店計画
大頭(オオアタマ)怪人が好き。
a0077842_6465671.jpgこの場合、頭でっかちという言葉は適当ではない。
理屈っぽいヤツ、生半可な知識をひけらかすヤツ、口先ばかりで行動の伴わないヤツ、そういうヤカラをちょいと小馬鹿にして頭でっかちと呼ぶわけで、頭がからだにくらべてやけに大きく、とっても不釣り合いなヒトのことは、大頭怪人といって区別すべきである。
店主は小学生の昔から大頭怪人が好きだった。
小学4年生のとき、父の背に隠れるようにして観ていた怖〜いテレビ番組空想科学劇場アウターリミッツ
この番組こそ大頭怪人の宝庫であり、子供の店主を大頭フェチにしてくれた張本人なのだった。
これから取り上げるキャラや話の内容はけっこう古臭いが、引用するモチャはそれほどむかし製ではないということで、チョイマモチャのカテゴリで話を進めたいと思う。
さて、どっぷり平和に浸り、無気力になってしまった現代人を憂えるがあまり、科学者がある男を異星からの侵略者に改造して衆目にさらし、社会に喝をあたえようとする。
ずいぶんと強引な計画も子供には説得力に満ちて、はじめは顔にできたデコボコの異変に苦しむ実験台の男が、とうとう肩幅の倍はあるかと思われる大頭の怪人に変身するのを見て、怖い反面、これは我が身を棄ててまで世の中の役に立とうとする人の美談なのだと感動した。
彼に敬意すら抱いてしまった。
アウターリミッツ第3話“ゆがめられた世界統一”。
大頭怪人が好きになる第一歩だった。
そして2週間後の第5話“狂った進化”。
今度は人間の進化を遺伝子操作で模擬実験する科学者が登場し、素朴で学問のない鉱夫を騙してムリヤリ未来人に改造してしまう。
未来人は現代人より手先が器用だから、指は細長く、1本増えて6本になる。
未来人は現代人より頭がいいから、当然脳みそも大きくなり、大頭怪人になるのだ。
子供にはじつに分かりやすい未来人の解釈。
そして、なんと儚く悲しい青年の物語であることか。
上のサイドショートイのパッケージがその未来人本人であり、のちに0011ナポレオン・ソロで人気を博すデビッド・マッカラムが好演した。
大頭怪人との遭遇2度目にして、子供の店主はもはや完全に気の毒な彼らの虜になってしまった。
見た目の不気味さとは裏腹の悲し宿命と計り知れない能力を、その大頭に秘めた者たちよ。
彼らと苦悩を分かち合うため、店主自ら大頭怪人になることを決意して、脳裏に焼き付いた未来人を参考にTVの中のイカれた科学者気取りで工作をはじめたのだった。
いくつものサイズの針金の輪を用意し、提灯の骨組みのように組み合わせて障子紙を貼り、大頭のカタチをした帽子をこしらえた。
今度はその提灯状の帽子に新聞紙を煮込んで作った手製の紙粘土を塗り固め、乾かして肌色に着色した。
試行錯誤の大頭変身計画はおよそ2カ月に及び、とうとう完成の日が訪れた。
大頭怪人になるため、けっこうな重さに膨れ上がったその帽子をかぶる日が来たのだ。
が、あろうことか額を包む針金の輪が何かの理由で縮んだのか、あるいは成長期にあった店主の頭がひとまわり大きくなっていたのか、どうやってもかぶれない。
憧れの大頭怪人になりきれず、泣きそうな顔で変なかたちの提灯を見つめる少年の姿があった。
大頭怪人にますますのめり込んでいく幼き時代の店主、文字通り頭でっかちな小僧っ子がそこにはいたのだった。
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重要な役をになっている風でもなく、むしろ添え物の如き存在だったにも関わらず、この映画といえば真っ先に思い浮かべるくらい強烈なメタルーナミュータント。
物質電送機の中で蝿と男が合体してできた、まんま蝿男。
地球で好き放題の火星人も、みんな立派な大頭の持ち主だった。
先の2名は'60年代アウターリミッツ以前の'50年代キャラだが、知ったのは中学生のとき、大伴昌司先生の本“世界怪物怪獣大全集”でのことである。
その本の表紙には“ゆがめられた世界統一”の大頭怪人がひときわ大きく印刷され、旧友と再会したときのようなうれしい気分で目頭が熱くなったのだった。
売れようが売れまいが、だから当店は、ここに紹介した大頭怪人の12インチ・フィギュア以外にも、バーサルモンスター・シリーズの7インチ版やそのスケルトン版、マーズアタックの小さい版や醜さからいったら右に出る者がいない大頭の円盤人(暗闇の悪魔/1957年)も網羅する。
その円盤人はプロのモデラーによるガレキの完成品で、ひとむかし前のビリケン製ソフビもあれば、US輸入品のレジンものもある。
大頭怪人には、店主、年季が入ってる分だけ、いろんな意味で誰にも負けない自信があるのだ、ど〜でもいいけどね。

見てちょ、お店で戯れる大頭の円盤人です。
by tomenosuke_2006 | 2006-10-29 23:27 | Sci-Fi Classicモチャ
ありがたいことです。
これまでも岐阜・中日・朝日の各新聞の地方版(地元飛騨・一部岐阜県全域)で当店を取り上げていただきましたが、きょう土曜日の中日新聞の夕刊(東海3県をカバー)に、なんと2分の1ページのカラーグラフ記事として当店がでっかく紹介されました。
ひとりでも多くの東海地方在住の好き者の目に触れんことを祈願する次第です。
余談ではありますが、ターミネーターのエンスケ見上げてるのが店長です。
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by tomenosuke_2006 | 2006-10-28 19:17 | 留之助商店計画
留之助ホームページ、一部更新しました。
a0077842_11173681.jpg留之助ホームページがなかなか進まなくて、申し訳ございません。
一部、画像をアップしているデザイナーズトイのページをご覧になった方から、これってコレクション自慢のサイトですかっていわれちゃいました。
そうではないんです。
売らんかなのサイトなんです。
で、とりあえずダニーにプライス入れました。
入荷新着情報のフォーマットを変更して、商品も一部入れ替えました。
アイスボットの冷蔵庫風パッケージも見られます。
入荷したばかりのゲーリー・ベースマンの新色キューイーもあります。
バッキンハム禁猟区のクマさん・・・以前、発売されたDKNYとのコラボ版(グリーン)の色違いで、今度はオレンジとブルーの2色です。
きれいです、よろしく。
by tomenosuke_2006 | 2006-10-27 11:19 | 留之助商店計画
[左]いまじゃ、そこらじゅうでハロウィンじゃないですか。
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[右]そのようですね。
[左]でも、きのうのブログ、飛騨の冬支度の話からダレクのアイスボットをクリスマスにぜひみたいな、香具師(やし)の口上風で終わっちゃって、いよいよ来週に迫ったオレたちハロウィン族のこと、完全に忘れてる。これって手落ちってもんでしょう。
[右]ホント、手落ちです。
[左]10月31日のハロウィンのあと、アメリカじゃ11月の第4木曜日にThanksgiving Day(サンクスギビング=感謝祭)をお祝いして、徐々に盛り上がりながらクリスマスに突入する。
[右]はい、突入です。
[左]つまり、その盛り上がりの入り口がハロウィンで、クリスマスが出口みたいなもの。これからの2カ月こそ、1年でいちばん思い出がつくられるときなんだよね。
[右]そう思います。
[左]ティム・バートンのナイトメア・ビフォア・クリスマスは、いいとこ突いてたね。ハロウィンVS.クリスマス、入り口と出口の戦いだ。
[右]戦いはどっちに軍配が・・・。
[左]とーぜんハロウィンの勝ちでしょう。ハロウィンは不死身だからねぇ。
[右]ニッポンのハロウィンが、また面白いことになってますよ。
[左]そう、それをいいたかったの。ハロウィン=(イコール)スポンサー付のコスプレ大会かバレンタインデーPART2ってとこか。とにかく背後に抜け目のない商業主義のニオイがプンプンするね。
[右]それをいうなら留之助商店も?
[左]だったらいいけど、悲しいよ。ハロウィンの雰囲気は皆無っていうか、見方によってははじめっから怪奇っぽいっていうか。ほかにもマクファーレン版がいたと思うけれど、オレたちいろんなマイケルが特別目立つ場所に飾られるわけでもなく、いつもとおんなじ、冷遇されている。いったい店主は何を考えてんだか、聞いてみたいわ。
[右]ぜひ、聞いてみたいです。

はいはい、ではワタクシ店主のハロウィン観など吐露させていただきましようか。
ハロウィンは店主が生まれるよりもまえの大昔から続くよその国の宗教的な行事らしいけれど、日本に上陸した日のことはよく覚えている。
いまから28年前の1978年、ジョン・カーペンターの映画が万聖節の前夜の10月31日をハロウィンと呼び、ただならぬ日だと教えてくれたのだった。
配給元のジョイパックフィルム(現ヒュ-マックスシネマ)がカーペンター作曲の音楽やら効果音をリミックス、映画の恐怖をさらに誇張していたことを知る人は少ない。
オリジナル版のサウンドトラックは日本版より相当控え目なのだ。
そして2年後の1980年、LAに住み始めた店主は、おかげさまで毎年、本場のハロウィンを経験できるようになった。
10月を迎えるとメインストリートはハロウィンの飾り付けで秋色に模様替えして、家の軒先には顔型にくりぬかれたカボチャのジャック・オ・ランタンが通りを見据えるように置かれる。
夜ともなると目や口をかたどった穴からオレンジ色の灯がもれ出し、街はいつになく静まり返って見える。
そしてハロウィン当日、てんでに仮装した近所の子供たちがTrick or treat(トリック・オア・トリート=ナンかくんないとイタズラするぞ)といいながら、まじに店主のアパートにまで訪ねて来たのだった。
ハロウィンの中にいるような気がした。
TVはホラー映画特集を組み、映画街ではその後11もの続編が作られることになるスプラッター13日の金曜日の記念(?)すべき第1作目が公開されて大入満員中だった。
夜のハリウッド大通りはさながら仮装のお披露目会場といったところか、通りのあちこちに人だかりができ、歓声や悲鳴が聞こえてくる。
1980年のハロウィンでもっとも旬な仮装は、やっぱりホッケーマスクの殺人鬼だった。
1981年のハロウィンに、別の街で、子供たちがもらった手作りのキャンディに赤唐辛子が入っていたという小さな事件が起きた。
1982年には針入りキャンディが配られたというニュースがセンセーショナルに報じられ、翌年からは子供たちのトリック・オア・トリートする姿が影をひそめてしまった。
日を追うごとに治安の悪化するハリウッド大通りの乱痴気は相変わらず続いたが、暴力沙汰や発砲事件がしばしば起きるようになった。
賢い人たちはクラブや友人の家など、もっと安全でプライベートな場所でハロウィンを楽しむようになったのだった。
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上の写真は、1982年のアメリカで最もリキの入ったハロウィンの仮装。SFXメーキャップ・アーティスト、リック・ベイカー(右端)と彼の仲間たちです。彼らはこのあとハリウッド大通りへ繰り出し、道行く人たちをたっぷり楽しませたあと、ジョン・ランディス監督主催のハロウィン・パーティへと向かったのでした。ちなみにこの写真、若き日の店主が撮りました。


店主にとってハロウィンとは、情緒であり、アメリカの秋のムードであり、過ぎ去った若き日の思い出なのだ。
だから最近の我が国のハロウィン事情についてはよく分からないし、知りたいという気持ちも起きない。
いまさら日本で、とりわけこの飛騨高山で、何をどうしてよいのやら。
というわけで、君たちマイケル・マイヤーを冷遇してるってのは誤解ってもんだよ。
左の12インチのサイドショー版マイケル君(5000円)、右の18インチのネカ版君(12800円)も、分かってちょうだい。
どちらも買い手が現れますように、店主、こうしてダラダラ文章書いて紹介してんだから。
by tomenosuke_2006 | 2006-10-25 23:45 | チョイマモチャ
Dalek ダレクのアイスボットと冬支度。
10月も下旬となれば、ここ飛騨高山では冬支度の心配がはじまる。
雪が降るたびに早起きして、せっせと雪の始末する店長の姿やら高山の壮絶な冬景色を想像したら、値段の割にはなかなか売れない店主好みのアイスボット(下の写真)を連想した次第。
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NYベースのカルトなグラフィティ・アーティストDALEK=ダレク作の高さ10インチのフィギュア3種、左からクロ、アカ、シロのアイスボットである。
ダレクのバックグラウンドについては、店主、詳しくは知らない。
本人もあまり語りたがらない。
とにかくNYのいたるところでイタズラ描きを繰り返し、いつの間にかその芸術性が認められて、いまでは堂々とイタズラで生計立てる身分になったと。
彼の創作した有名なキャラにスペースモンキーがあり、以前キッドロボットからそのフィギュア版(当店に在庫あり)が限定発売され、あっという間に完売した。a0077842_20444652.jpg
また4つのレンズを搭載したパノラマ連写カメラダレク・スーパーサンプラー(35ミリフィルム使用)をデザイン。
ショッキングピンクのボディにスペースモンキーをあしらっている。
さて、話をアイスボットにもどそう。
パッケージが、また、イカスんだよ。
見たい人は、留之助商店まで出かけておいで。
ムリなら、もうじきアフオクに出品するから、そのときに。
それぞれ冷蔵庫をかたどった箱におさまり、冷やしておけばおとなしくしているけれど、外に出したら何をしでかすか分からないイタズラな雰囲気が、じつにダレクなのである。
今年のクリスマスのデコレーションは、ひとまずアイスボットでしょう。
間違っても雑貨屋やファンシーショップのありきたりは買わないように。

ところで留之助商店がある本町商店街の歩道は、雨・雪よけのアーケードで整備されているが、なぜかお隣の薬屋さんの前だけそれがない。
ボコッと穴があいたように途切れているのだ。
そこだけアーケードが省略されている詳しい事情は知らないが、なことより問題は冬、雪がもろに吹き込んで、きっとうちの店先はとくにスゴイことになるのではないか。
店長、がんばってくださいね。
by tomenosuke_2006 | 2006-10-24 21:39 | イマモチャ
1960年代年表をちょっと更新しました。
当ブログに以前載せた1960年代年表にネタをふたつ増やしました。
“年表”で検索かければ、見られます。
たいしたことではありませんが。
by tomenosuke_2006 | 2006-10-24 08:24 | ムカシモチャ
今度は朝市 with ダニー
けさ、グリーンのエッグドロップ・ダニーと宮川沿いの朝市へ。
留之助サイトの「Shopping・お買い物方法」で使うスライドショー用の写真を撮るためです。
店主としては十分に納得のいく絵が撮れました。
新鮮野菜に包まれ、女性たちのやさしい視線を浴びるダニーです。
ここでは、もったいぶって彼女たちをトリミング、ダニーのアップだけ、お見せします。
全貌が気になる方は留之助サイトへどうぞ。
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さてと、このエッグドロップ・ダニーと作者の紹介でも。
デザイナーはアグリードールで有名な デイビッド・ホーヴァス。
2005年にこのグリーン版とブルー版の2種類を発表しました。
デイビッドといえば、恋人のサンミン・キムを忘れてはなりません。
ふたりはニューヨークのパーソンズ・デザイン学校で出会い、ともに1999年卒業後、オモチャ・デザイナー兼イラストレーターとして働きはじめました。a0077842_22143189.jpg
が、2001年、サンミンが諸般の事情で韓国のソウルに帰国。
悲しみにくれたデイビッドは小さなオレンジ色のキャラクターWAGE(ウェイジ)を創作し、手紙とともにそのイラストを彼女に送り続けました。
と、サンミンはウェイジを手縫いのヌイグルミに仕上げ、デイビッドにプレゼント。
それがきっかけとなり、アグリードール・シリーズが誕生したのです。
2003年の春からアメリカのバーニーズ・ニューヨーク全店、タワーレコード全店、ロンドンのポール・スミスなどでソフビ版とヌイグルミ版が同時に販売され、ついに時の人に。
そんなデイビッドがダニーをデザインしたのはこれがはじめてではありません。
2004年に初期の8インチ・ダニー、ブルー・リトル・インキーとブラウン・リトル・インキーを手がけています。
表と裏にまったく違う顔を持つのがインキーなら、後頭部にタマゴを投げつけられて特大の目玉焼きのようなシミをつけているのがエッグドロップ。
どっちを向けて飾る(撮る)のがいいか、つねに悩ましてくれるのがデイビッド・ホーヴァスのダニーなのでした。
by tomenosuke_2006 | 2006-10-23 23:57 | イマモチャ
シンクレア恐竜である。
a0077842_15224357.gif好奇心でいっぱいの少年が己の知識や空想をはるかに超えた場面に出くわし、かつてない熱狂を経験したら、それはもう一生忘れがたいものになる。
場合によっては、その後の人生が大きくカーブして、あっちへ行っちゃうこともあるだろう。
45年前、NHK-TVで観た白黒映画キング・コング(去年公開されたピーター・ジャクソン版の元祖)が、店主にとってはあっちへ行っちゃう決定的な出来事となった。
南洋の孤島の奥深くに広がる有史前そのままの世界に恐竜たちの勇姿を見たとき、幼い心に何か不思議な力がはたらいて、結果いまの自分が作られたような気がする。
映画を愛し、SFやファンタジーに憧れ、ハリウッドでSFXを追いかけ回したのは、キング・コングの体験があったからだった。
極言すれば、こうしてオモチャ屋の主になった(なれた)のも、キング・コングのせい(おかげ)である。
長いあいだ店主は、映画の中で猛威をふるう恐竜たちを楽しんできた。
とくにキング・コングと同じSFX=モデルアニメで動く恐竜が好きだった。
コマ撮りされた恐竜のギクシャクした動きが断続的な夢そのもののように思え、むかしテレビに見入った少年のころの気分がよみがえる。
図鑑で恐竜の種類や生態を知っても、博物館で骨格化石を見上げても、なかなかそうはいかない。
店主にとって恐竜とは、人間相手に大暴れする映画の中の手に負えない怪物のこと。
ウィリス・オブライエン(キング・コング/1933)、レイ・ハリーハウゼン(恐竜100万年/1966)、ジム・ダンフォース(恐竜時代/1969)、デイヴィッド・アレン(おかしなおかしな石器人/1981)たちSFXのパイオニアにして天才モデルアニメーターが、神に代わって生を授けた実際は30センチ足らずのゴムの人形をさすのである。
店主はそういう昔かたぎで偏屈な恐竜好きだから、最新の古生物学など重要視しない。
そりゃ確かに映画ジュラシック・パークの尻尾を水平に立て、前かがみの攻撃姿勢で二足歩行するT-rexはカッコいいけれど、やはり店主好みのT君は太い尻尾をドタッと地面に下ろした異様にでかいツラの持ち主でなければならない。
旧式の古生物学による間違った解釈の恐竜、忘れられた大型爬虫類、過ぎ去りし日の銀幕を往来した実態はゴムの人形。
それをいま思い起こさせてくれるオモチャといえば、もはやシンクレア恐竜だけなのだ。
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上の写真を見よ。
当店入り口を入ってすぐ右のガラスケースの上の段に、古臭い恐竜が群をなしている。
(ちなみに下の段にはオッキモチャのキンザーがいる)
これこそ我が心の恐竜たち。
1964〜65年のニューヨークで開催された万博の中でも、とりわけ子供たちの人気をさらったテーマ館“シンクレア・ダイナランド(恐竜庭園)”で、来場記念に配られたビニール製オモチャなのである。
カラフルで、かわいい。
T君で高さ20センチ弱、小さ過ぎず、手ごろなサイズが、またよい。
シンクレアとは1916年に創業したエンジンオイルの老舗メーカーのこと。
1930年代に首長竜ブロントザウルス(いまはアパトサウルスという)をトレードマークにあしらい、1950年代のある時期にはオイル交換した人にブロントザウルスの貯金箱をプレゼントした。
その貯金箱にはプラスチック製と金属製の2種類あり、高級オイルを注文するとかわりに金属製の置物風ブロントザウルスがもらえた。
そんな恐竜マニアのシンクレアが満を持して公開したのが、原寸大の恐竜をならべたニューヨーク万博の恐竜庭園だったというわけだ。
当店は自慢じゃないが、だれも興味を示そうにないけれど、50年代の貯金箱から60年代の恐竜庭園版まで全種類、在庫している。
だけではない、下の写真を見よ。
大き過ぎてお店に持ち込めないため、いまも下呂市の別荘で飼っている1950年代のブロントザウルス(FOR SALE)もいる。
これは当時のガソリンスタンドの片隅に置かれていたPOP兼子供用遊具。
たまに店主、こいつにまたがってお茶したりする。
けっこう、なごむ。
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恐竜庭園スクラップブック
by tomenosuke_2006 | 2006-10-23 21:20 | ムカシモチャ