ドキュメント・きょう。
7月25日、午前3時半、起床。
というか、いつもこの時間にいったん目覚め、しばらく読みかけの本を広げたり、ノートブックで遊んだりして、また寝ることもあれば、そのまま昼ごろまで起きていることもある。
決めといえば時間どおりに運ばれてくる3度の食事ぐらいで、あとの時間割は全マス自習といった感じ。
人に迷惑をかけず、自分をいじめなければ、何をしてもいい。
したいことをして(といっても院内でできることには限度がある)、寝たいときに寝るという生活を続けているから、3時半の起床はべつだん早起きというわけでもなければ、服用しているステロイド剤が誘発するらしい神経の昂ぶりが原因でもない。
自然の成り行きなのだ。
けさは、しかし早くから忙しかった。
昨夜、ヤフオクで落札したふたつの品物のうちのひとつ、こまめにメールをくれる出品者から元払送料と振込先を知らせるメールが、もう届いていたから。
さっさと希望落札価格で落とさないと、途中で出品取消しにあったかもしれない40年前のトイガンで、こういう訳ありの品物は迅速に処理するに限る。
ジャパンネットバンクから送金完了。
そしてもうひとつ、これがやっかいだった。
今回がヤフオクはじめてという在日アメリカ人の出品者から、未使用のiBookG4/12inch最終モデルを破格で落札したまではよかったけれど、何を勘違いしたのか落札後に出品を取り消してきた。
結果、私が落札をキャンセルしたことになり、自動メッセージでマイナス評価がつけられた。
ヤフオク6年で築いた850に達しようとするプラス評価に、これが最初の汚点「非常に悪い」の烙印が押されてしまったのだ。
およそ6日間、暇にまかせて虎視眈々と狙ってきた文字通りの掘り出し物だった。
出品者が新規だということに加え、たどたどしい日本語による商品説明を読んで、多くの人たちがリスクを感じたのだろう。
私以外の入札は1件もなかった。
終了日時が月曜日の午後2時40分というのも、競争率を低下させる要因だったかもしれない。
場合によっては英語でやりとりすればいいし、馬鹿正直に公開プロフィールをくまなく記入して、顔写真まで添付しているところを見れば、悪人でもなさそうだ。
私的には以上の理由で首尾よく落札したつもりだったのだが。

午前5時半、採血。
看護師さんが採血におとずれ、専用容器に取り分けておいた朝いちばんの尿を引き取っていく。
私がいる東5Fには介護を要する年老いた患者が多く、とくに看護師の少ない朝、食事の世話にはかなりの時間と労力がさかれるらしい。
だから忙しくなるまえにできることは済ませておきたいという理由で、いつも採血は早朝と決まっていた。
おととい下呂市の家に1泊した朝、尿意が減速して意地悪な浮腫みがぶり返してきたけれど、日曜の夕食前に病院へ戻り、落ち着くと、はじまった。
瀑布のごとき奔流。
日曜日の夕方から月曜日の朝にいたるおよそ12時間で900cc。
その後の24時間、つまりついさっきまでで畜尿ビンは夢の満杯、2000ccを記録した。
浮腫みはみるみる退いていき、パルス療法の効果を強く実感する。
あとは血中のタンパク質=アルブミンの量と尿タンパクのそれぞれの数値が、どれだけ正常値に近づいてくれるか、なのだ。
看護師さんが持ち帰った血と尿が、いずれ教えてくれる。

午前7時半、朝食。
配膳まえ、看護師さんがまずお茶を注ぎに各部屋をまわる。
浮腫みがひどかったころ、まる1日かけて、マグカップ1杯のお茶を恐る恐る飲んでいた。
が、いまは脱水症状になるのではと思えるほどの排出量で、水分を補給しないとからだが干上がってしまいそうだ。
いつもの味気ない簡素な食事が、TV台から引き出された小さなテーブルの上に置かれる。
これで健康が取り戻せるなら、塩やタンパク質など永遠に悪魔にくれてやる。
メールの受信を知らせるビープ音がノートブックから聞こえてきた。
例のアメリカ人からだった。
なんで、落札キャンセルしたかと聞いてきた。
まるで分かっちゃいない。
昼に電話がほしいと、ケータイ番号が記されていた。

午前9時半、回診。
頼りなげなところがかわいい研修医の新之介先生が、思い詰めた面持ちであらわれた。
私の部屋をたずねるたび、いつも問われる腎生検の結果が、どちらかというと喜ばしくない結果が、やっと出たにちがいない。
それをどう報告しようものか気持ちの整理がつかないまま私と対面したために、表情は困惑の色をにじませることに?
膜性腎症(まくせいじんしょう)。
ネフローゼ症候群の数ある原因のうちでも、ワーストではないものの、けっして軽くはない腎炎。
昼まえに出る血液検査と午後に出る尿検査の結果を踏まえ、夕方までには主治医の小田先生から詳しい報告と今後の治療について説明があるといわれた。
もちろん、ネットでチェック。
なるほど、たんぱく尿の出現や回復を繰り返しながら、長い経過をたどることが多く、腎不全への移行は一般に少ない、か。
ステロイドの反応性は緩徐とも。
うきうきするようなフレーズはどこにも見当たらず、夏だし、気分転換に持参したDVDのサンダーボール作戦を観ることにした。
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午前11時 入浴。
サンダーボール作戦が私的には限界だな。
クロディーヌ・オージェがいかにゴージャスでも、007シリーズが私の期待とは逆の方向・・・スパイ戦がとうとう団体戦となって荒唐無稽な空騒ぎ・・・へと暴走するのを許す理由にはならない。
シャワーを頭から浴びながらバハマの海をわたる自分を空想したら、鼻孔から水を吸い、溺れかけて悲しくなった。
浴室の鏡に自分を映す。
なんとスッキリ痩せたことだろう。
詰め所のまえにある体重計にのる。
昨夜から2キロ、けさからでも1キロ弱減って、現在61キロ、入院時から9キロも痩せていた。
正確にはにっくき水が抜けたわけで、まずはからだが軽く楽になったことを心から喜ぶことにしよう。
入院まえの私を知る人には、やつれたと映るのだろうか。

午後1時、数値。
昼食をとりながら、アメリカ人と話をした。
iBookは買うことにして、あとはぜんぶまとめて許す。
あーだこーだやってる暇があるなら、ほかにすることあるでしょ、である。
待望の血液検査の結果を看護師さんが届けてくれた。
血中アルブミンは1.7g/dl・・・つまり、入院した日と同じままじゃねぇか。
何も改善されていない。
密かに夢見てた月末の退院は、アルブミンの数値とともに露と消えた?
しばらくして新之介先生がたずねてきた。
まだ若い、嘘がつけそうもない真っ正直な彼の顔に同情の色を見て、一瞬、明るく振る舞う術を見失う。
小田先生に会うまでの数時間を、どう過ごしたらいいのだろう。
# by tomenosuke_2006 | 2006-07-25 23:51 | ネフローゼ症候群
スパイモチャ/その3/ナポソロもの
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毎月欠かさずボーイズライフを読んでいた。
さいとうたかをの連載劇画“女王陛下の007号”、怪獣の製作現場を紹介した“ウルトラQの舞台裏”、ハインラインの長編傑作シリーズ“人形つかい”、今月の誌上ロードショー“砲艦サンパブロ”、カラー特集“世界のレーサーカー”、それから、“モンキーズに関する20の知識”に“夏休みガールフレンド作戦”・・・
どの号も、どのページも、くまなく目をとおした。
取り上げられる記事に境界はなく、まさしくバラエティーに富むとはこのことをいうのだと思った。
厚さ2センチ足らずの月刊誌ボーイズライフは知識の宝庫であり、情報の大海原だった。
1960年代少年の大冒険そのものだったのだ。
もしかしたらいちばんの冒険は、巻頭に綴じられた正方形のピンナップ写真だったかもしれない。
白いビキニのナンシー・シナトラ、大きく開いた胸元から豊かな谷間をのぞかせるアン・マーグレット、バーバレラのきわどい衣装を着けたジェーン・フォンダ・・・ドキドキしながら釘付けになった。

1966年のボーイズライフの定番記事といえば、日本ロケされた007は二度死ぬの速報で、毎号かならずボンド俳優ショーン・コネリーの小さな顔写真と007のガンシンボル・ロゴがセットで表紙に印刷されていた。
そしてもうひとつ、1年まえの1965年に終わったバークにまかせろの後続番組として登場するやいなや、圧倒的な盛り上がりをみせていたアメリカのTVシリーズ“0011ナポレオン・ソロ”。
その関連記事が、あるときは主演俳優のインタビュー、また別の号ではスパイ兵器特集といったぐあいに、つねに誌面を賑わしたのだった。
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ソロとイリヤのスーパースパイ・コンビが毎回活躍する0011ナポレオン・ソロ(先のブログのリンク先を参照)。
イギリスのスパイが007なら、こちらはアメリカ代表の0011。
ナポソロは電波にのり、TVアンテナのある場所ならどこにでも現われ、文字通り世界をまたにかけて大活躍した。
いまみれば、低予算のご都合主義と気の抜けたアクションのナポソロだが、ましてや007と比較するのはかわいそうすぎるけれど、007より唯一すぐれている点、とりわけ印象深く、脳裏に刻まれ、いつまでも忘れることのできないモノがあった。
この際だ、ナポソロのシンボルと断言してもいいだろう、彼らスパイの所属する諜報機関U.N.C.L.E.の名をとり命名された銃、P38アンクルタイプである。
短く切り詰めた銃身の先に小さな鳥カゴ状のマズルブレーキを着けたハンドガンと、各種アタッチメントで大きく強化させたカービンタイプの2種類。
M2カービンに赤外線スコープを載せた敵組織スラッシュの専用銃、スラッシュライフルもまた、変身銃の魅力を放っていた。
1960年代スパイモチャのお約束、付け足し育てる変身銃の家元こそ、我らがナポソロだったのである。

アメリカのオモチャメーカー、アイデアルが最初のライセンサーとして、TV放映と同時期の1964年にアンクルカービン(商品名ナポレオン・ソロ・ガン=上の写真)とスラッシュライフル(左下の写真)を含む4種類のプラスチック製キャップガンを発売した。
紙巻き火薬を金属製マガジンに入れ、グリップ下から装填するという作りは4種共通で、しかも同じマガジンがすべてに流用されるという賢い作りだった。
対象年齢は小学生ぐらいか、店主がもし中学生のとき見たとしても、スラッシュライフル以外、親にねだることはなかったと思う。
ベースとなった実銃ワルサーP38からはほど遠く、むしろSF的ともいえる形状は、いまだからこそ愛らしく、物欲を刺激する。
1年遅れて1965年にはイギリスのローンスターからも、アンクルタイプが出た。
こちらは同社がすでに発売していた3分の2サイズのダイキャスト製キャップガンのモーゼルに、U.N.C.L.E.のロゴをあしらったもの。
サイレンサーとホルスターの3点セットのほか、豪華アタッチメントをアタッシュケースに収めたカービン・タイプが、おもにヨーロッパで売られた。
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アンクルタイプと呼ぶには貧弱な子供仕様の外国製ナポソロ・ガンとは、あきらかに一線を画するハイエンドなヤツが、ちょうどいまから40年前の1966年、東京上野で産声を上げた。
いまだにヤフオクにかかると、激しい争奪戦が繰り広げられるファン垂涎の品。
モデルガンメーカーのパイオニア、MGCのP38アンクルタイプ(右上のチラシと下の写真の右側)である。
ボーイズライフにも広告が載った。
マテルのスパイモチャやスナッブノーズにはじまり、ついにはMGCのモデルガンでオモチャ遊びの最前線にいた少年時代の店主にとって、それはトドメの何ものでもなかった。
モデルガンの売りでもあった“リアル”とは微妙に異なる、夢と遊びのメカニズムで動くオートマチック・ピストル。
当時、ステージガンという言葉を知っていたら、もうそれだけで気持ちの整理がついただろう別格のモデルガン、それがMGCのアンクルタイプだったのだ。
猫も杓子も同じ黒革なのが気にくわないと、あるとき茶色のアタッシュケースに替えた父からお古をもらい、アンクルタイプがきれいに収納できるよう改造して、遊んだ。
アタッシュケースから取り出し、組立てたり、分解したり、また組立てたり。
あまりイジりすぎて、スコープマウントを取り付けるネジ山を潰してしまい、泣いた。
MGCのライバル、中田商店からもアンクルタイプ(下の写真の左側)が出た。
こちらはオリジナルにはない(アイデアルのカービンにはあった)ビポッドが用意された。
プラスチック製のグリップに鉄の重いストックを着けると、ギシギシきしむイヤ〜な音がして、取り回しには十分気をつけねばならなかった。
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毎週、欠かさず観ていたナポソロだったけれど、前後編からなるいくつかのエピソードはTV放映されないまま劇場版として公開されたために、未見のままだった。
1965年の映画“0011ナポレオン・ソロ/消された顔”もそのひとつで、最近やっと機会を得て、噂どうりだったことを確認したのである。
映画がはじまってすぐ、イリアが2台の小型ロボットに襲われアンクルタイプで反撃するシーン。
じつはそのロボットこそ、構造がやっかい過ぎて小学生の店主には完成できなかった懐かしのプラモ、ビッグサンダーボーイの原形となったロボットコマンドだったのだ。
赤い頭と青のからだがカラフルポップなロボットモチャの代表選手(当店サイトのトップに登場)。
ナポソロのライセンサー、アイデアルの大ヒット商品だったばかりか、それは1960年代のアメリカ少年たちを熱狂させたオッキモチャ・ブームの火付け役でもあった。
スパイモチャからオッキモチャへ、店主の玩具道は果てしなく続くのである。

アンクルタイプ大行進!
# by tomenosuke_2006 | 2006-07-24 18:47 | ムカシモチャ
久しぶりだよ、1500cc越え。
本来ゼロであるべきところ、尿にタンパクが漏れ出て、それに反比例するかのようにアルブミンという血中のタンパク質が正常値の4.0g/dlを割ってしまう。
その結果、浮腫やさまざまな機能障害を引き起こすことをネフローゼ症候群というのだが、はたして私はというと、入院当初、尿タンパクは7.92g、アルブミンは1.7g/dlをマーク、惨憺たる状態だった。
1回目のパルス療法のあとの検査(尿と血液)では、尿タンパクが3.60gに低下するも、アルブミンはいぜん1.8g/dl。
そこで2回目のパルス療法を受けることとなり、終わったのが一昨日の木曜日。
きのう、ふたたび検査があり、その結果を看護師さんが届けてくれた。
ごめんね、いい報告ができなくって、なんてさびしそうな顔でいわれると、どんな言葉で彼女を励まそうかと思ってしまうフェミニストな私である。
尿タンパク4.33g、アルブミン1.9g/dl、確かにうれしくない数値。
尿タンパクが3.5g前後で安定すれば、通院治療に切り替えてもらえるかもしれないというのに、これではなぁ。
しかし、昨夜あたりから夢にまでみた押しよせる尿意を実感、怒濤のような排出量を記録した。
1500ccだよ、いわゆる1.5キロ、けっこう重い。
余分な水を摂らない生活をしているから、この1500ccは中味が濃い、意義がある。
浮腫みがやわらぐだけでなく、腎機能が活発化して、血のバランスが戻っていく兆しなのだ。
きのうとは打って変わって、きょうの岐阜は青空が広がっている。
お店の開店準備をしながら、じつは私の会社でお弁当作りのアルバイトをしている店長候補君が、やりくりして迎えに来てくれることになった。
今夜は下呂に一泊して、あしたの午後、病院へ戻る。
本当はこのまま、ここにいて、2リットルの畜尿ビンがなみなみと満たされていく様子を眺めていたくもあり。
ニョウに後ろ髪を引かれる思いですが、とりあえず行ってきま〜す。
# by tomenosuke_2006 | 2006-07-22 08:49 | ネフローゼ症候群
さらにコミコン限定。
またまたティム・ビスカップを獲得。
ティムの個人サイトから奇跡的に。
彼のプロフィールとともに紹介した緑と金の横縞カリ(バルセロナ・アートショー記念)のバリエーション(左下)で、こっちは350個限定のSDCC記念版。
大半はコミコン会場で売られるのだけれど、こうして岐阜の病院にいるかわいそうな人のためにもチャンスは用意されていた。
親切なティム、ソツのないティム、商売上手なティム。
店長候補君、ともにティムを見習いましょう。
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と、店長候補君にメッセージ入れたら、これはどうだのメールがありました。
コミコン限定のキューブリック・エイリアン(右上)、高さ90ミリ。
パッケージがオールド・ケナー時代の復刻調でかわいい。
じつは店長候補君、フルサイズ・エイリアンヘッドのコレクションに囲まれ寝起きしてるくらいのエイリアン好きなんです。
留之助商店開店の折りには、エイリアンモチャについて分からないことがあったら、何でもきいてやってください。
2006個限定だから、あわてずじっくりebayチェックして、仕入れてみましょうか。
# by tomenosuke_2006 | 2006-07-21 18:52 | イマモチャ
外泊許可。
月末が迫ってくると、いろいろ気がかりなことが頭をもたげはじめる。
小さいながらも、私は会社(ハローランチ飛騨店)の社長なのだ。
小さい会社だから、悲しいかな社員まかせにできないこともあり、とくに25日の給料日と月末の支払い日の資金繰りには、長年培った高度なスキルを要するのである。
つまり充分にキャッシュフローのある楽ちんな経営状態ではないから、あっても社長が仮払いしてオモチャを大量に買ったりするもんだから、大変なのだ。
だからこの週末、外泊許可をもらって県立岐阜病院から下呂へもどり、懸案をいっきに片づけてしまいたい。
先日の大雨で本社工場のある下呂市から高山市へと向かう国道41号線が寸断し、1000人以上の顧客にお昼の弁当が届けられなかったことの詳細についても知っておきたい。
8月1日から新しいコンピュータ・システムに移行するための準備は大丈夫か、それもこの目で確かめておきたい。
それに3週間も留守にしていると、オモチャが詰まった段ボール箱がいくつも届く。
いまある中のいちばんの大物は、テキサスのヴィンテージTV専門店が航空便で送ってくれたPHILCOのテレビジョンセット、プレディクタ、1959年製。
チューナー本体とその上に載るブラウン管をバラして梱包すると聞かされていたから、ぜひ具合を確かめたい。
是が非でも外出許可をとらねばならないのだ。
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きのう、担当の研修医、新之介先生に週末の外泊についてお伺いをたてると、いいと思いますとのことだった。
そのことを詰め所で聞いたベテランの看護師さんが、パルス療法直後の体力が落ちている危険なときに外泊だなんてもってのほかだと、忠告に来た。
その晩、ふたたび私の部屋を訪れた新之介先生にどうにかならないかと迫ってみると、主治医の小田先生に確認するといわれた。
雑菌の蔓延していそうな人混みを避けること。
疲れたと思ったら即座に休息を取り、けっして無理をしないこと。
1日の塩分5グラム以下、タンパク質50グラム以下、総カロリー1700前後の食事を心がけ、薬の服用を怠らないこと。
常時マスクを着用し、手洗いとうがいを忘れない。
風邪でも拾ったら、いままでの治療が水泡に帰すばかりか、取り返しのつかないことになりかねない。
つい先ほど、以上のことをきっかり守れば、外泊してもよしとなった。
ラッキー。
が、いま、雨雲がどんよりとたちこめた窓外の涼しげな景色を見て、はたと気がついたのだった。
あの日、着の身着のままで入院して、上着といえば半袖のポロシャツが1枚。
靴もソックスさえなく、履物といったらサンダルのみ。
こんな格好で表に出たら風邪ウィルスの総攻撃にあってしまう。
さあ、どうする、どうなるんだ〜。
アンラッキー?
# by tomenosuke_2006 | 2006-07-21 14:48 | ネフローゼ症候群
コミコン限定、とりあえず押えた。
もう、コミコン限定品がebayに出た。
昨夜のプレビューナイトでゲットしたらしいティム・ビスカップ作、gamma-goブランドのお人形、タイガーリリー(店長の好きな射撃のポーズが特徴)・・・500個限定・・・Buy It Now(希望落札価格)での出品。
いままで女の子用Tシャツやパジャマの絵柄に使われてきたタイガーリリーだけれど、コミコンを記念してはじめて3D化された。
gamma-goのサイトで予告を見て、欲しいと思いながら、あきらめていたんだよ。
押えるしかないでしょ。
バキューン。
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# by tomenosuke_2006 | 2006-07-21 02:01 | イマモチャ
7月20日、2度目のパルス療法終了。
ドドッと血管に250ccのステロイド溶剤が注入される。
血圧が急激に上がるのを実感する。
顔、とりわけ目のまわりがいっきに膨らんでいくような感覚。
クローネンバーグのスキャナーズのオープニングを連想してしまう。
薬の副作用で免疫力が低下するから、とくに細心の注意が必要だ。
部屋を出入りするたびの手洗い。
うがいは最低、朝・昼・晩に就寝まえ。
風邪などひいたら、肺炎になりかねない。
さ、またオシッコが気になる日々のはじまりだ。
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なのに、なのに、カリフォルニア最南端の街サンディエゴにある巨大コンベンションセンターでは、私の苦悩をあざ笑うかのように、きょう(正確には時差があるから半日後)から3日間、SDCC(サンディエゴ・コミコン)が開催される。
映画・TV・漫画・アニメ&オモチャの世界一の祭典。
ハリウッドスターからコミックアーティストまで、ゲストがすごい。
サミュエル・ジャクソンも来る。
この日ばかりは作り手とファンの垣根が取り払われ、いっしょになってエンタのいまを楽しむのだ。
オモチャでいえば、いろんなメーカーがSDCC/EXCLUSIVEっていうコミコン限定版をリリースたり、遊びに来たデザイナーズトイの作家が、みずから自作の限定版にサインしてくれたりする。
夢のまた夢、別の夢。
私は病室で顔が膨張する感覚と闘いながら、どうせ膨らむなら膀胱の方にしてくれと心で叫び、旺盛な尿意の到来を夢見るのだった。
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ここがエンタとオモチャの夏の聖地サンディエゴ・コンベンションセンターです。
行きてぇ。


# by tomenosuke_2006 | 2006-07-20 13:52 | ネフローゼ症候群
Tim Biskup & Seonna Hong
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南カリフォルニアの朝。
さわやかな太陽光の差し込む明るく整えられたキッチン。
ハミングバードがブーンというやさしい音をたてながらホバリングして、花の蜜を吸う様が窓越しに見える。
しぼりたてのカリフォルニア・オレンジとノンファットの真っ白なミルクを注いだふたつのグラスが、目玉焼きの皿の左右に、ひとつずつ礼儀正しく立っている。
コーヒーはもちろん薄めにたてたカフェインフリー。
テレビはつけず、シャッフルにセットしたiPod搭載の専用サウンドシステムから、いまゴリラズのGet the Cool Shoe Shineが流れている。
所定の位置に約束のものがならび、見つめ合うカップルの表情もまた、いつも通りの平和で思いやりに満ちたもの。
物静かで、イレギュラーを完全に排除した安全かつ安心できる空間。
こういうのを“絵に書いたような超クールさ”というと思ったら、そこの住人はまぎれもない絵書きのカップルだった。
ロウブロウ・アーティスト、ティム・ビスカップとシオナ・ホン夫妻。
絵に音があるとすれば、その音量を可能な限り抑えた静かで控え目な主張が、ふたりの作品の共通点といえようか。
彼らのアートワークを見ていたら、そんなふたりの1日のはじまり、キャンバスに向かうまえの朝食風景を空想してしまった。
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これは去年の秋、発売3日後には売り切れてしまったティム・ビスカップ作の8インチ・ダニー、1000個限定。ちなみに左上の緑の横縞君はティムのオリジナルキャラの9インチ・カリ。今月はじめにスペインのバルセロナで開催されたアートショーの記念に100個が会場で、残りの100個がネットで限定販売された。右上はシオナ・ホン作のポスターアート、ビッグ・ワイド・サファリ、100枚限定。すべて絶版品ですが、当店にはわずかながら在庫あります。


ティム・ビスカップのプロフィール・・・
カリフォルニア生まれのティムはディズニーランド、ラットフィンク、日本の怪獣映画、パンクロック、スケートボード、アンダーグラウンドコミックにまみれて育った。
1980年代半ばに地元のオティス・パーソンズ・デザイン学校を中退すると、イラストの世界で働き出し、スケボに絵を提供したり、イベント用のポスターを描くように。
2003年ごろからアニメの世界にも進出して、カートゥーンネットワークではオリジナルアニメを監修。
中でも短編アニメのサムライ・ジャックは、ティムが生んだお化けのような、怪獣のような、宇宙人のような不可思議なキャラクターたちと、ジャックという名の侍が共演する楽しい作品だ。
もちろんトイの世界にも積極的に参加して、ダニーやキューイの彼の作品は発売と同時に完売してしまう人気ぶり。
最近ではオリジナルTやアクセサリーなどを販売する自身のブランドGamma-Goを主催し、もっとも商才に長けたロウブロウアーティストぶりを発揮している。
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シオナ・ホンがデザインした数少ないトイ、タコガール(左)とナットハンガー(右)、キャワイすぎます。サンフランシスコのオモチャ屋SUPER7からリリースされたカプセルトイ“ネオカイジュウ・プロジェクト”全10種類のうちのふたつである。このプロジェクトにはティムも参加。さらにはゲーリー・ベースマンも不思議カイジュウをふたつデザインしている。みんな、お友だちなんです


シオナ・ホンのプロフィール・・・
ティムの妻シオナは、育児と仕事のバランスをうまくとりながら創作活動を続けるマイペースの人。
ただいま、ちょっと寡作である。
カリフォルニア州立大学ロングビーチ校を卒業後、子供たちにアートを教えながら、画家として、またアニメの背景を担当する美術係として、着実に力をつけてきた。
1999年、長編アニメーションTeacher's Petの背景美術でエミー賞を受賞。
そのアニメのエグゼクティブ・プロデューサーが、まえにも触れたと思うけれど、ゲーリー・ベースマンだった。
最近やっとネオカイジュウ・プロジェクトの5人の参加アーティストによる同名のポートフォリオを手に入れた。
彼らは、それぞれ2種類のカイジュウ・デザインを担当し、シオナ以外の4人は1枚に1点ずつ絵を描いているのだが、シオナだけは2種類のカイジュウを1枚の絵の中に共演させて、マイペースぶりを発揮している。
おしまい。
# by tomenosuke_2006 | 2006-07-19 23:59 | ロウブロウアート
スパイモチャ/その2/アタッシュケースもの
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仕事で大阪に出かけていた父が、おみやげの入ったステーションデパートの包みと見慣れぬカバンを手に提げ、帰宅した。
包みの中身は新しいエージェントゼロだと想像がついた。
このまえ、はじめてスナップショットガンを買ってくれたとき、ほかにも種類があると聞かされていたし、子供のおみやげという口実で、じつは自分が触ったり、ぜんぶ買ってみたくなるという父の性格を知っていたから。
もちろん新しいオモチャをすぐにでも見たかったけれど、それよりも気になるのは父がうれしそうに、いくぶん自慢気に持ち帰った板のように薄く四角い黒革のカバンだった。
父が、カバンひとつですごくカッコよく見えた。
大阪では背広を着た会社員は、みんなこういうカバンを持ち、街を闊歩しているのだという。
このカバンの呼び名は、手提げでもなければ、書類入れや旅行カバンでもない、“アタッシュケース”なのだと教えてくれた。
なんと軽快な英語の響き。
そして父は、こう付け加えた。
007のカバンなんだ、と。

007の第2弾007/危機一発(1964年日本公開)をどこで観たのか、映画館だったかTVだったか、それとも“007/ロシアより愛をこめて”と改題されたリバイバル上映のときだったか。
とにかく英国情報部の発明係のQが、任務につくジェームス・ボンド(ショーン・コネリー)に渡したガジェットのひとつが、秘密の仕掛けが施された特製のアタッシュケースだった。(ボンドはいつもQの説明をチャカしてばかりで真面目に聞こうとしないくせに、必ず彼の発明品で命を救われる)
スラッとかっこいい細身のスーツに身を包んだボンドには、エッジのきいた黒いアタッシュケースがよく似合った。
世界の美女を片っ端からものにするスーパースパイに、世のオヤジたちが心酔し、劇中、彼がつねに携行する特徴的なカバンとよく似たヤツを自分も持って、一発キメてみたいと思ったのも不思議ではなかった。
けっこう、むかしの大人は(も)ミーハーだったのだ。

大人の世界がそうだから、少年の世界はもっと楽しかった。
とはいっても、アタッシュケースもののスパイモチャで遊んでいたのはアメリカの少年たち。
子供をダシにしてまでオモチャを買うのが好きな父が、おみやげに持ち帰らなかったところをみると、お目に叶う日本製品はなく、海外製品もあまり輸入されていなかったと思われる。
店主が集めたものも、いくつかはLAに住んでいた20年以上まえにガレージセールやスワップミートでの掘り出し物。
あとはebayを通じて、アメリカやヨーロッパのコレクターから譲り受けたものである。
中でも完品を見つけ出すのがいちばんやっかいなのは、その名もずばりジェームス・ボンド・アタッシュケース(左上の写真)。
007のガンシンボル・ロゴをいたるところにあしらった世界で最初の007印の子供向けライセンス商品で、かつアタッシュケースものの草分けだ。
アメリカのギルバートから1964年に発売された。
名刺にパスポート、紙幣に手帳に専用鉛筆までついているが、なぜかお札にだけMade in Japanの文字が。
やや遅れてアメリカのトッパーズトイからは、2種類のアタッシュケースもの(右上のアドの中ほど)が発売された。
ひとつはオリジナルキャラのサムという名のスパイが愛用しているという設定のシークレット・サム、小型カメラが付属した。
そしてもうひとつがマルチピストル09。
このふたつはジャームス・ボンド・アタッシュケースの値段8ドル88セントの半額以下の、3ドル33セントで1965年のクリスマス商戦に参入、本家に迫る勢いで売れた。
もちろん少年たちのいちばんのお目当てはアタッシュケースの中のピストルだ。
どれもロングバレルにサイレンサー、スコープにストックといったパーツ類が付属して、すべてを取り付けるとメカむき出しのカービン銃の出来上がり。
そのカッコよさ、ユニークさで人気を競った。
なんとシークレット・サムのカービン銃には水平に取り付けるスコープのほかに、垂直に立てる潜望鏡までついて、垣根ごしに敵国のスパイを偵察するにはもってこいだった。
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手のひらに収まる小型銃に別の部品を付け足しながら、異なる形状の武器へと変身、強化させるという行いこそが、少年の冒険心を大いに刺激した。
近年でいうところの合体ロボや変身メカ的、工作と創造とメタモルホーゼの興奮。
ボンドが愛銃のワルサーPPKに長いサイレンサーをネジ留めするシーンを見るだけで、熱くなる男子は多い。(ね、四国のお百姓さん)
だからこそ007/危機一発でボンドがアタッシュケースから取り出した実銃のAR7を組立て、スナイパーライフルに変身させて敵を狙うシーンは、男子垂涎の一コマなのだ。
アタッシュケースものスパイモチャ、あるいはすべての血わき肉躍る変身銃の原点は、じつはここにあったのだった。
というわけでスパイモチャ物語の次に触れなければならないのが、原点の007を凌駕して変身銃の極みに達した0011について。
TVシリーズ0011ナポレオン・ソロに登場した通称アンクルタイプと呼ばれた銃ほど、いまだに多くの男子たちを惑わし続けているものはないのだった。
トートツだが、田舎に住んでたわりにはお洒落な、軟派なようで堅物の、父の言葉を思い出した。
007/危機一発という題名は、間違った日本語を子供たちに植えつけてしまいそうで、よくない。
キキイッパツは、危機一髪と書くのが本当なのだ、お前ぐらいは覚えておきなさい。
そんなことどうでもいいのにと思いつつ、その3、最終回へとつづく。

上はサイドショートイから発売された12インチのQ。右手に抱えているのがAR7である。店長としてはストックは黒くしてもらいたかった。当店ではサイドショーから発売され絶版となったショーン・コネリー時代の007関連フィギュアを随時補充、ビンテージのスパイモチャといっしょに販売していく計画である。



もっとアタッシュケース。
# by tomenosuke_2006 | 2006-07-18 22:22 | ムカシモチャ
お見舞いと饒舌。
むかし、1980年。
LA生活をはじめたとき、一日も早く英会話をマスターしたい一念で、あることをこころに決めた。
・・・日本語を話さない生活をする。
ダウンタウンには日本の商業施設が集中するリトルトーキョーがあり、街のいたるところで日本人が営む日本食レストラン、マーケット、ガスステーションや自動車修理工場、旅行代理店や保険会社、診療所や弁護士事務所など、いろいろ何でも見かける。
つまりアメリカに住んでも、日本語だけで生活しようと思えば難なくできてしまうのがLAなのだ。
英語を学びたいと思う人には、治安も含めて危険な場所というしかない。
口がホームシックを訴え、たまに日本食を食べには出たけれど、あとは極力、日本人との接触をさけ、片言の英語でやり抜いた。
おかげで、とんでもない中古車を買わされたり、修理代をぼったくられたりで、課外授業にもけっこうレッスン料を払ったものだ。
とにかく、そんな生活を続けて半年ほどたった年の暮れ、東京時代の友人が遊びに来た。
積もる話は山とある。
LAXに迎えに出てから、当時ハマッていたPioneer Fried Chickenでカリカリの鳥の唐揚げを食べ、夜のチャイニーズシアターで最後のショーを観るまで、とにかくしゃべり続けた。
恥ずかしいくらいに。
そう、日本語を話すことに飢えていたのだった。
個室にこもり、病院のスタッフとは必要最小限の言葉しか交わさず、あとはキーボード相手にひとりごとの日々。
半月ちょっとしかたっていないというのに、きょうの午後、お見舞いによってくれた友人カップル相手に、まるでLAに住みはじめたころの調子でしゃべりまくった。
おもに007のこと、たわいない。
その話し中に看護師さんが入浴の順番が回って来たと告げに顔を出し、なんか救われた感じがした。
私よりも、お見舞いに来た友人が?
病室に誰かをたずね、具合やら経過について会話したのち、かならず沈黙タイムに突入し、だからといってさっさと帰るのは薄情な気がする。
そんな経験をしたことがあるような。
そういう時、もし医師が回診で病室をおとずれたり、看護師が“男子入浴中”の札を持ってあらわれたら、それこそ千載一遇のチャンスではないか。
もちろん友人はチャンスをものにした。
ジェームス・ボンドがロシアより愛をこめてでギミックいっぱいのアタッシュケースを使ったのがきっかけで、オヤジたちの間でアタッシュケース・ブームが巻き起こったという話、まだなんだけどなぁ。
あしたの朝は週のはじめの尿と血液検査があり、3日間の日程でパルス療法の点滴がはじまる。
1回目がダメても、2回目で効く人が少なくないという話を信じて、おやすみなさい。
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# by tomenosuke_2006 | 2006-07-17 23:56 | ネフローゼ症候群