ネオン集め その2 いざルート66へ
ハリウッドがある南カリフォルニア最大の都市ロサンゼルス、通称LA(エルエイ)。
1985年の暮れに帰国してからは、年に1度、ムリヤリ用事をこしらえては10日前後の日程で出かけていたけれど、1990年の秋から翌年の春にいたるおよそ7カ月間、仕事でひさしぶりに長期滞在することになった。
東京新聞主催の映画のイベントを仕込むため、ハリウッドの街を抜けたすぐ先、ワーナーブラザーズ・ストゥディオ近くの長期滞在者向け家具付アパートメントオークウッド・トルカ・ヒルズ(下の写真)に腰を据え、LAの懐かしいテンポの中で生活を再開した。
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1990年というのは27才でLAに住みはじめた時から数えて丸10年目に当たり、10年ひとむかしという言葉を幾度となく実感させられた。
かつての悪友はいっぱしの大人になり、通りは様相を変え、いきつけだったタイ料理屋は無愛想なオーナーに代わって味も落ちていた。
仕事はそんな10年間で培った人脈や情報を頼りに進められ、一方で色褪せた青春の記憶をたどる予定のない旅を経験することになったのだった。
あのPIXが忽然と姿を消したように、愛着さえ感じていた古い建物のいくつかが危急存亡の秋(とき)をむかえているのを知り、見納めるならいましかないと思いたち、時間を見つけてはLAじゅうを駆け巡った。
土地効率が悪い平屋の建物だという理由で都市化のいけにえにされることになった馴染のカーウォッシュやコーヒーショップ、スクリーンがひとつしかない映画館など。
その年、1990年はショッピングモールの建築ラッシュとシネマコンプレックスの台頭で、LAがじつにコンビニエンスになる反面、街の味(アイデンティティというのかな)や人との触れ合いが希薄になっていく節目の年だったのだ。
ヴェンチュラ・ブールバード沿いのストゥディオシティ・シアターはもうじき取り壊されて大型の本屋になることが決まっていたし、ラレイナ・シアターのまえでは解体反対の署名運動をする人の姿が見受けられた。
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メルローズ・アベニューのアンティック・ショップOff The Wall=オフザウォールのオーナーで長年の友人デニス・ボーゼスに、解体される建築物の行方について聞いた。
大きなもの、かさばるものは産業廃棄物として処理され、目ぼしい装飾品や使えそうな備品だけがゆかりのアンティック・ショップやスリフト・ショップ(古道具や古着などの中古品専門店)に払い下げられるらしい。
ごく稀にネオンサインが売りに出されることもあるけれど、それを買い取りしかるべき場所へ移送し、修理代を注ぎ込んで転売するようなバイヤーやアンティック・ディーラーはなかなかいない。
かつてその美しさで一世を風靡したとはいえ、壊れやすいネオンは、とりわけ大きなものは厄介者扱いされて、レンガやコンクリートといっしょに瓦礫の山の一部と化す運命にあるのだ。
たとえばいまもバーストゥの街でひとつ、ネオンを多用したロードサインが売りに出されているけれど、いつまでもそこにあるとは限らない。
このままだとジャンクヤード行きになるのがオチだ。
デニスの話では、それはドライブインの入り口に掲げられていた長さ23フィート(7メートル)、高さ4フィート(1.2メートル)の細長い形状の金属製で、いまは3つに分解されて近所のガレージに置いてある。
モハーベ砂漠の山並みを背景に、馬にまたがったカーボーイがバッファローを追う姿がネオンで描かれ、うまく修理すればアニメーションのように動いてカーボーイの投げ縄がバッファローの首を捕らえる様子が再現できるんだとか。
抑えきれないもの、うまく説明のつかない感情、強いて言えば古き良き時代のアメリカの断片をとっておきたいという欲求なのか、ネオンを救いたいと強く思う気持ちが心の底から沸き上がってきた。
数日後、デニスとともにサンバーナーディーノ・フリーウェイを東に延々と3時間以上進み、ネオンがあるというバーストゥ目指して支線に下りたった。
通りにはルート66のサイン。
シカゴとLAを結ぶ大陸横断道路として1920年代に着工され、30年代には全線が舗装されてアメリカ最大の幹線道路となったけれど、1985年、州間高速道フリーウェイの完成にともないその使命を終えて廃線となり、地図からも消えた道。
そのルート66沿いのひなびた自動車修理工場の奥で、例のネオンサインがホコリをかぶり我々の到来を待ち受けていた。
困ったことに店主、己の美意識に叶う変で普通でないものとの出会いには、偶然や困難が重なれば重なるだけ特別な運命を感じてしまう性癖の持ち主なのだ。
・・・懐具合もかえりみず。
つづく。
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# by tomenosuke_2006 | 2006-11-08 16:55 | ムカシモチャ
留之助ホームページ更新情報
デザイナーズトイミスター・コジックのページをアップしました。
Shopping・お買い物方法のスライドショーに写真1点追加しました。
# by tomenosuke_2006 | 2006-11-05 17:47 | 留之助商店計画
レドラム・ダニー、本国アメリカでソールドアウトになりました。
また、びっくりなんですが、本家キッドロボットのサイトをのぞいたら、発売から1週間もたたないのに、もうレドラム・ダニーが売り切れてました。
アクセサリー(バナナ)ひとつとっても細かく作り込んである今回のダニー、確かにいい出来です。
店長の報告では、お店での評判も上々とのこと。
きのうもコジックを知らない人が、かわいいといって買ってくれたようです。
さて、次なる8インチの新作は下の写真。
トーマス・ハン作のイタミドメ・ダニー(10-22に紹介済み)、2000個限定、11月16日発売です。
歴代ダニーの中でも一等キレイ。
シークレット版があるという話は、いまのところ聞いてません。
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# by tomenosuke_2006 | 2006-11-04 11:32 | イマモチャ
びっくり。
a0077842_1031545.jpg2000個限定で発売されたコジックのレドラム・ダニー。
その12分の1、つまり166個が、例のうつろな目のマサカリ握ったバージョンなんですが、eBayで305ドルで落札されました。
もう、びっくりです。
ということは、ですよ。
ハロウィンの夜、6時から9時の3時間だけ、レドラム・ダニーの発売を記念してNYのキッドロボット本店でコジックのサイン会が開催されたんですが、そのとき手に入れたとおぼしき、いまeBayに出ているサイン入り12分の1バージョンって、いったいいくらになるんでしょうか。
8インチのダニー・シリーズ全種類を在庫する世界で唯一のお店、留之助商店としては何がナンでも落とさねば。
これって使命感? それとも単なる蒐集癖? いやいや明らかにビョーキです。
# by tomenosuke_2006 | 2006-11-04 10:05 | イマモチャ
えっ、40年?
平和なタッチがとてもなごめて、店主、クセになってるブログ猫のしっぽのねこおやじさんとお話する機会があって、流れでアウターリミッツの話題になったんだけれど、なんとご存知ないんです。
というか、ねこおやじさんが生まれてまもないころのTV番組だったんですね。
店主、53才という年齢を記号では理解してるんだけれど、年相応の生き方というか、自覚が曖昧で、気の合う知り合いは全員が年上でも年下でもなく、お友だち(同じ穴のムジナ)のつもりでいるから、こういうとき自分だけ年喰ってんだなぁと、しみじみ思い知るわけです。
a0077842_19254225.jpgだから、たまにお世話になるアメリカのキワモノ通販サイトMonster In Motionから0088/ワイルド・ウェストのDVDの案内メールがきて、パッケージの写真に40周年記念なんて文字を見つけたりすると、28才の店長と兄弟のつもりでいるけれど、むしろ親子関係に近いんじゃないかと。
店主少年時代のムカシモチャや時代物家電なんかも、イマモチャといっしょにセールスさせてるけれど、これって店主の趣味を押し付けてるんじゃないかと。
でも、しょうがないかと。
なわけで、ねこおやじさんも店長も絶対観たことのない0088/ワイルド・ウェストの話、この機会に勝手にさせていただきます。

0088はウィル・スミスとケヴィン・クライン が共演した1999年のどーでもいい映画ワイルド・ワイルド・ウエストの元ネタとなった1960年代の傑作TVシリーズである(60年代のTVシリーズはぜんぶ傑作である)。
店主、いまだにテーマ音楽を口ずさむことだってできる。
くらい好きだった。
ほんというと0011ナポレオン・ソロより0088の方が断然好みだった。
西部劇なのにスパイもので、SFチックな色合いきわめて濃く、毎回出てくる秘密兵器は独創的。
荒唐無稽な内容ながら、けっしてお笑いに走らず、しかも子供に媚びないところがよかった。
主人公演じるロバート・コンラッド(あとになって知ったのだけれどブルース・リーの弟子だった)の空手アクションがまた、みものだった。
あのナヨナヨがいいという人もいるけれど、ソロやイリヤの立ち回りシーンがOKAMAのダンスに思えるくらい、0088は迫力があった。
0088は0011と同じく、本家007にあやかり日本のTV局が勝手につけた番号で、そういえばあのころ“00”ものが流行ったような。
本家の“007危機一発”が大ヒットすると、バッタが得意のイタリアは堂々と原題に077を冠した“077連続危機”なんていう映画を作ったし、“00H/その時一発”なんていうイギリス映画もあった。
日本映画だって負けじと“006は浮気の番号”を公開したりした。
まぁそんなことより、0088だ。
いろいろ覚えてるぞ。
人間を喰う屋敷の話、フランケンシュタインのように死人を蘇らせる話、タイムマシンが出てくる話、絵画の中の二次元世界での闘い、脳に特殊な物質を埋め込み笛で操る人間ロボット軍隊の話。
アメリカ征服を企てる秘密組織が次々に登場し、ミサイルやロケット、果ては空飛ぶ円盤や巨大ロボットイカまでこしらえて主人公コンビに迫るのだ。
準レギュラーのようにたびたび出てくる敵キャラが、またよかった。
中でも忘れられないのが小人のマッドサイエンティスト、ミゲリート・ラブレスで、シリーズ途中で成仏したはずが、ファンの惜しむ声に死の世界から呼び戻されてしまう。
で、とりあえずDVDは注文することに。
けれど本当は吹き替え版を観てみたい。
主人公ジム・ウェスト役の声優、野沢那智(0011のイリヤ役)もさることながら、相棒アーテマス・ゴードンを演じた大塚周夫のダミ声が懐かしい。
どなたか0088の日本語吹き替え版ビデオか何か、お持ちの方がいらっしゃいましたら、ぜひご一報ください。
40年前にちょっとスリップしてみたくて、よろしくお願いいたします。
# by tomenosuke_2006 | 2006-11-03 20:17 | ムカシモチャ
Huck Gee=ホアック・ジーのタンク・ダニーです。
ヤフオクの出品や管理は経験豊富な店長が担当してくれている。
出品された方ならお分かりだろうが、出品者は自分の出品画面で「アクセス数」や「ウォッチリストに追加した総数」などを知ることができる。
さすがにゴリラズの反応はいい。
レドラム・ダニーもコジックの名前が効いてるのだろう、けっこう注目されている。
それにひきかえキッドロボットの新作3体セットとなると、アクセス数は半減、ウォッチリストに追加した数はゼロときた(11月3日0時05分現在)。
ホアック・ジー(ヤフオクの出品ページにハック・ギーとありますが間違いでした)がデザインしたキッドロボット・シリーズの新作だからって、それがどーしたのっていう感じ。
この醒めた空気、でも、とってもいいじゃないですか。
いまの日本にホアック・ジーに飛びついてくる人が大勢いたら、困りますって。
みなさん、これから留之助商店で新しいオブジェモチャを知り、いろいろ学んでいくわけですから。
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少年時代のジーはイギリス移民の子として南カリフォルニアでけっこう孤独な日々を送ったらしい。
1990年代にSF(サンフランシスコ)へ越すと、デザイン関係の仕事に就き、がむしゃらに働いた。
彼の言葉をかりるなら「スキルを高めるため昼夜を問わず習作を重ね、インスピレーションを求めて週末を過ごした」。
昼間はwebデザイナー、夜はグラフィティ・アーティストという生活を続けたあと、憧れの宮本武蔵と日本的なるものを積極的に採り入れた作風に到達し、イラストレーターとして成功する。
彼のバーニーズ・ニューヨークのためのデザインワーク(右上のフィギュアがその一例)やキッドロボットでのトイデザインなどは、本場アメリカでは高い評価を得て、新しいタイプのトイ・コレクターを育てている。
現在もSF在住、最近の趣味はレースカー・ドライバー。
ま、そんなジーの個展が今年の3月にLAのキッドロボットで開催され、数種類の1点もの20インチ・カスタム・ダニーが展示されたのだが、そのうちのひとつを縁あって店主、入手することができたのだ。
ジーのもうひとつの作風、アーミー・スタイルが遺憾無く発揮されたタンク・ダニー。
もうじき店頭にならぶ予定である。
スッゴイでしょ? あまり興味ないかもしれませんが・・・。
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# by tomenosuke_2006 | 2006-11-03 00:06 | イマモチャ
ネオン集め その1 きっかけ
回想。
1980年、ハリウッド。
数ブロック先にハリウッド・フリーウェイのエントランスが見えるあたり、番地でいえば5800ハリウッド・ブールバード。
マンズチャイニーズ・シアターで始まる映画街の東の端に、PIX(映画の略称)という小さな二番館があった。
白いモルタルでできた1930年代の平屋建て。
ロードショー館から落ちてきた比較的新しい映画が、ここPIXでは1本分の値段で3本楽しめた。
PIXへ出かけるなら照明の灯る夕暮れからときめていた。
昼間の殺風景な外観とは打って変わり、建物全体が宝石の如くきらめき浮かび上がって、入り口のドアをくぐるとき、まるで夢の中へ入っていくような気分にひたれるからだ。
建物の正面中央にそびえる尖頭は孔雀の羽を1枚、大きく拡大して縦に置いたよう。
羽には上から順にP・I・Xの文字と、ピンクやブルーの直線や曲線の幾重もの筋。
尖頭の下に突き出たひさしにも様々な線が縦横に走り、カラフルに波打つ噴水を思わせる。
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この写真は店主がLA在住中の1980年代、
友人のカメラマン都竹晃君がエッセイのカット用に撮影してくれたものです。


すべては昼間、白くて細い線にしか見えない無数のガラス管。
陽が西の海に沈み始めるころ、110ボルトの電流が通されて色づき、発光するのだ。
通称ネオン。
文献による1899年にイギリスで発明され、商業的使用が始まったのは1920年代に入ってからだとか。
アメリカでは1930年代にものすごい勢いで普及した。
とりわけ映画館やデパート、レストランやナイトクラブなどの商業施設が意匠を凝らしたネオンサインを積極的に採り入れ、道行く人たちにアピールしたのだ。
点滅を制御するカムとかドラムと呼ばれる機械を内蔵して、中にはアニメーションのような複雑な動きを見せるものもあった。
1930年代が不況の時代だったということと、ネオンの普及はけっして無関係ではない。
映画でいえば派手なミュージカルや歴史劇が流行ったように、家庭用品でいえば色付きのガラス器や陶磁器がもてはやされたように、カラフルに点滅するネオンは不況の憂いを吹き飛ばしてくれる幻想そのものだった。
一見、シンプルで味気ない低予算の建物も、ひと筋の色付きネオンでトリミングされるだけで、まったく別の豊かな表情に変わる。
たとえばPIX。
夜になるとモルタルの白い壁面さえ、赤や青や緑や黄色のネオンの光を浴びて発色し、その鮮やかさは好景気の1920年代に大金を投じて造られたマンズチャイニーズ・シアターと互角に渡り合える華麗さだった。

ハリウッドにかぎらず、ここ20年ほどの再開発ブームで古い建物は次々に取り壊され、ネオンもまた瓦礫とともに打ち捨てられていった。
PIXはといえば、ご多分にもれず店主がLAを離れた年の1985年に閉館となり、89年に旅行で戻ったときにはブールバードから消えていた。
きっとそのさびしさからだったと思う、かつてアメリカのメインストリートで人々をなごませながら、いまでは忘れられ、打ち捨てられそうになっているネオンを救うことに明け暮れた時期があった。
お店に飾るわけにもいかない大型のネオンサイン・コレクション。
荷物を運び出してゆとりのできた下呂市の倉庫を、近く、ネオン専用のショールームにでもしようかと考えているのだけれど。
とりあえずはこのあと、ネオン集めの栄光と挫折など、気のおもむくまま(不定期)にしたためてみたいと思っている。
つづく。
# by tomenosuke_2006 | 2006-11-02 17:09 | ムカシモチャ
レドラム・ダニーのシークレット版、求む!
ハロウィンに出たばかりのコジック作レドラム・ダニーですが、なんと12分の1の割合でシークレット版が紛れ込んでいることが判明しました。
通常版のバナナではなくて、こっちは本格的にマサカリ握って、目はうつろ。
まぎれもなくジャック・ニコルソンなんです。
後頭部の“All work and no play makes Jack a dull boy=勉強ばっかりで遊ばない子はつまんない子になっちゃうぞ”の文字も効いてます。
覚えてますか? ニコルソンが小説書くふりしてタイプラーターで打ち出した原稿用紙にびっしり書かれてた文字、それが“All work and no play・・・”
で、これからが本題なんですが、当店で購入されたお客さまでシークレット版を射止めたけれど、通常版の方がいいとか、手放してもかまわないと思われる方がいらっしゃいましたら、高額買取させていただきます。
ご連絡、お待ちしております。
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# by tomenosuke_2006 | 2006-11-01 10:39 | イマモチャ
ヤフオクに出品してみました。
a0077842_17204648.jpgヤフオクに新商品の一部を出品してみました。
これから新しいの、古いの取り混ぜながら、いろんなオブジェモチャを追加していくつもりです。
たまにのぞいてみてください。
# by tomenosuke_2006 | 2006-10-31 17:28 | 留之助商店計画
留之助ホームページのこと。
トップページのデザインを3種類用意、アクセスするたびに絵が変わるようにしました。
中身はあまり進歩してませんが、とりあえずデザイナーズトイのベースマンとビスカップ商品それぞれに値段を入れました。
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# by tomenosuke_2006 | 2006-10-31 12:34 | 留之助商店計画