レドラム・ダニー、最初の入荷分が売り切れました。
10月2日の当ブログをご覧になったみなさんからレドラム・ダニー(予約特価5,800円)の注文をいただき、あっという間・・・お店に飾るまえに、入荷分6個、ぜんぶ売れてしまいました。
6個しか仕入れないの?
セコくない?
いろいろご批判はおありでしょうが、とりあえずごめんなさい。
店主、ずーっと長い間、コレクターしてまして、小売りの経験がまったくない。
だからどれくらい仕入れていいか見当もつかず、いつものように1カートン6個入りを注文したわけです。
レドラム・ダニーの5,800円は、はっきりいって赤字でした。
ひとりでも多くダニー・ファンを増やしたい、日本でもダニーをもっとポピュラーにしたいと願いつつの特価だったのです。
もうじき追加注文分の12個が入荷しますが、こちらは通常価格8,200円となります。
何卒ご理解たまわりますようお願い申し上げます。
# by tomenosuke_2006 | 2006-10-22 13:26 | 留之助商店計画
冴えたジィちゃんに会いました。
ゲーリー・ベースマン作のM.O.D.ダニーと連れだって臥龍温泉センチュリーひまわりへ風呂浴びに行きました。
というのはウソで、店主の秘かな愉しみ・・・留之助商店のサイトで使うカット写真を撮りに、愛機GR DIGITAL首から下げて出かけたわけです。
テーマは“ダニーのいる風景”。
飛騨高山界隈の店主馴染の店や好みの場所に、選りすぐりのダニーを置いてパチリとやる。
そうやって撮りだめた写真から数点選び出し、とりあえずサイトのトップからリンクする(予定の)「Shopping・お買い物方法」のページでスライドショーしてみようかと。
で、けさ、たまに出かけるひまわりの露天風呂で撮ることを思いたち、湯気の立ちこめる大浴場を抜けて、その先にある露天風呂へ出てみると、先客がふたり。
うち、ひとりのジィちゃん(写真左の人)が、じつはとっても冴えてたという話を、まずさせていただきます。
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湯船にダニーを浮かべて撮るというのが、今回の絵作りのキモ。
するとどうしてもジィちゃんが写真に入ってしまうんで、まず了解を得る。
「カメラ意識しないで、自然にしててください、すぐすませますから」
アングル決めるのに1分、絞りを変えて数カット、撮影の全所要時間はおよそ3分といったところでしょうか。
「ありがとうございました」
するとジィちゃんが聞いてきたんです。
「その人形はナンや?」
「はい、これはアメリカのもので、もとは無地の人形なんですが、いろんな画家やデザイナーが思いのままに絵を描き、数量限定で売られているもののひとつなんです」
「ほー、人形がキャンバスなわけやな」
「あっ、はい、まさにそのとおりです。画家が平面のキャンバスがわりに立体の人形に絵を描いてるんです」
「タダのオモチャに見えるが、芸術なんや」
「まったく・・・です。ぼくはこういうのを、ですから、オモチャのような芸術のようなオブジェモチャっていってます」
「オブジェモチャか、そりゃわかりやすい」
人間、スッポンポンになってしまうと、言葉でも交わさないかぎり素性や人柄など知るすべもない。
このジィちゃんは、ただ者ではなかったのだった。

いつか機会があったら話してみたいと思っていたことがある。
いわゆる店主が注目するモチャの中でも、とりわけデザイナーズトイといわれている品々、の中でも、とくにキッドロボット製品の異色性について。
ダニーやキッドロボット・シリーズ(10/7の記事で紹介)などは、本国アメリカではモチャコレクターだけでなく、アート好きなセレブのあいだで人気が高い。
新作が出るたび開かれるリリース・パーティの写真を見たりすると(店主、その高い敷居を乗り越えていく自信がないかも)、主催者の狙いを読みとることができる。
つまり彼らはダニーやキッドロボットを、ブロンズや大理石などの伝統素材を使った彫刻作品に匹敵する、大人向けの、じつに今日的な“マスアピールの強いポップアート”として扱っている。
コミックやグラフィティや音楽や映画やストリートカルチャーの美的感覚を、プラスティックやソフビを使って具現化させたものがキッドロボット製品なのだ。
新しもの好きなセレブたちがイームズなインテリアにひとつ、ダニーを置く。
壁には、タバコをくわえたウサギを4色4枚に刷り上げ、それぞれ正方形のフレームにおさめた絵が、上下に2点ずつ。
キッドロボット製品を飾るのに、たしかに四畳半や茶ダンスの上はふさわしくない。
相応の空間が必要だろう。
たかがモチャを味わう豊かな感性と、ゆとりと、ユーモアさえ求められる。
店の奥にエイリアンやプレデターのアフィギュアがならぶ高山市本町3丁目44番地ではなくて、六本木ヒルズとか表参道ヒルズに専門のギャラリーがあってこそ自然なのかもしれない、キッドロボット製品には。
とにかく店主は分不相応な世界に足を踏み入れてしまったような気がするのだった。
できればきょうの写真撮り、女湯にしたかったなどと思っているようでは、セレブの仲間入りは永遠にムリでしょうね、分かってますって。
# by tomenosuke_2006 | 2006-10-19 18:12 | イマモチャ
復活!バクレツパイナップル!
2,3日まえ、ワルサーP38アンクルタイプの現況をお伝えしましたが、その中でバクレツパイナップルさんがアンクルタイプの製作をやめたというようなことを書きました。
が、なんと9月に復活してたことが分かりました。
ここに訂正をかね、ご紹介させていただきます。
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上の写真が最新のバクレツ・アンクルタイプです。
ベースはマルシン製HWモデルガン。
焼き入れ着色仕上げした12ホールタイプのスチール製一体削り出しマズルブレーキを、短くカットしたバレルに接着固定してあります。
またグリップはプラキャストを磨き上げ、ストック取付け用T字のスリットをリアルに再現、これまでのグリップ以上に肉厚な仕上がりになってます。
ほしい人はベース用のモデルガンを用意して、バクレツさんに加工してもらってください。
詳しくはバクレツさんのリニューアルしたサイトを参照。
ここのコラムが、また面白いです、タメになります。

ところで、奇遇かなバクレツさんも店主と同い年の53才。
53才は話が合いますというわけで、留之助商店でもバクレツ・アンクルタイプの完成モデルを再販させていただくことになりました。
用意できしだい、当店サイトの入荷新着情報でアナウンスします。
ご期待ください。
# by tomenosuke_2006 | 2006-10-18 14:08 | プロップ
モンモン・ダニーとお散歩してきました。
先週10月9日と10日に秋の高山祭り、通称、八幡祭りがにぎにぎしく開催されましたが、きのう14日ときょう15日は「高山市制施行70周年記念事業秋の高山祭屋台特別曳き揃え」という、ちょっとオカタイタイトルの追加公演みたいな催しがありました。
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じつは店主、左足の親指の爪をはがすケガをしてからおよそ1カ月半、まだ完治にいたらず、足を踏まれる気がして人混みが怖くてしょうがない。
だから見物したくても、出かけられないでいたのです。
が、きょう、見物客がほとんど去ったあとの、祭りの後片づけをしていそうな午後4時過ぎを狙い、八幡様へホアック・ジー作のモンモン入りダニーを連れて散歩に出てみました。
案の定、人はまばらで参道に屋台「豊明台」が1台残るのみ。
それさえ近くの屋台倉(屋台を納める車庫のような建物)へ向かって移動中でした。
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屋台といっしょにそぞろ歩き、倉の前でいったん停車したときを見計らって記念撮影。
みなさんに、こりゃいったい何だと問われ、アメリカ人がデザインした日本のヤクザですと説明させていただきました。
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豊明台の屋台倉から歩いてすぐのところに市内を東西に二分する清流、宮川があり、いちばん近くのやよい橋を渡るついでにワンショット。
渡ってすぐ、本町通りの交差点を左へ200メートルほど行くと留之助商店に到着します。
きょうも平和な1日でした。
# by tomenosuke_2006 | 2006-10-15 23:43 | イマモチャ
ワルサーP38アンクルタイプの現況。
a0077842_10154410.jpgムカシモチャのカテゴリ(7/24の記事)で紹介した0011ナポレオン・ソロの傑作変身銃P38アンクルタイプの写真を見た方から、MGCと中田商店製の鉄モノ売ってくださいと電話がありました。
残念ながら売買はご法度です。
銃刀法違反で、売る方も買う方も、お縄になってしまいます。
詳しくは知りませんが、所持する場合も分解した状態でないといけないとかいいます。
といって、リアルなアンクルタイプが欲しい人にはアメリカのアイディアル製ムカシモチャ(7/24の写真参照)では満足できないでしょうし、当店の値段を聞いたら大いに戸惑われるに違いありません。
そういう人にちょっとだけ朗報。
アンクルタイプに魅せられ、現代に蘇らせようとしているツワ者が東京都墨田区にひとり、アメリカ・テキサスにもひとり、いるのです。
さいわい留之助商店はご両者とも懇意にさせていただいておりまして、精巧に再現されたアンクルタイプの再販許可も、一応はもらいました。
一応というのは当店のほとんどの品物と同じく、次から次に補充できるお手軽な商品ではないということ。
再販許可はあっても、在庫がないような、あるような。
そこらへんのところを、東西ふたりのツワ者をご紹介がてら現況報告したいと思います。
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まずは日本代表ロジック(上の写真)さんです。
日本にはほかにもバクレツパイナップルという優秀なカスタムガン屋さんがアンクルタイプのハンドガンまわりだけを製造販売してましたが、いつの間にかやめちゃいました。
睨みのきいた直線的で堂々としたデザインのグリップが特徴的で、店主、大いに気に入ってます。
一方、'70〜'80年代の自動車パーツの製造販売が本業のロジックさんは、4年前の2002年からアンクルタイプの試作をスタート、MGCのモデルガンをベースにした無可動銃やマルシン製P38モデルガン用のパーツなどを、一部のファン向けに手作りしてきました。
今年2月、ついに究極ともいうべきマルゼン製P38エアガン・ベースのアンクルカービンを完成させ、受注生産に入りましたが、その2カ月後、予約注文を一時打ち切り、現在にいたってます。
ロジック版アンクルタイプはアルミニウムとプラキャストを組み合わせた、じつに見事な作りです。
実物との相違点は、主にグリップに見受けられます。
グリップが規制前のモデルガンやバクレツ製品と同じく、左右に分割するタイプであること。
実際は一体成型、通称フラットグリップと呼ばれ、樹脂製とアルミニウムの2種類がありました。
ロジックさんのグリップはエッジがわずかに削り落とされ、丸みを帯び、実物以上に握りやすい感じがします。
店主くらいの平均的日本人の手にぴったりです。
また右側のグリップにはスコープマウント取付け用のネジ穴(規制前のモデルガンにもあった)が用意されていますが、実銃にはありません。
グリップに施されたくさび形のレールにスコープマウントを挿入し、マウントのネジをグリップ表面に直接締めつけ、テコの応用で固定するという相当に荒っぽい方法が実銃ではとられていました。
ロジックさんはグリップを痛めかねないリスクを避け、あえてネジ穴式にしたようです。
あと、目立つ違いはストックのチークパッド部分のすべり止め加工が省略されている点でしょうか。
短く切ったバレルの先に取付けるハンドガン用マズルブレーキ、別名バードケージといわれているパーツは、2種類用意されています。
すみません、写真ではその区別がつきませんが、先端部分が開放型と小径型の2種類をきっかり作るところが凝り屋のロジックさんらしい。
現在はこのアンクルカービン用の最後のパーツのロングマガジンを試作中で、ベースのマルゼン製P38のエアガン機能を損なわない精巧な作りになりそう、とても楽しみです。
店主の分、全部で4本、お願いしますね。
そのうち1セット、いずれお店に飾って、再販させていただくかもしれません。
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上は本邦初公開の本物のアンクル・ハンドガンの写真です。この夏、LAで密かに開かれたアンクルタイプ・マニア(オッサンとジィ様のみ)の集いで撮影されました。上がP38ベースのアルミニウム製フラットグリップ着き、下がモーゼルM1914ベースの初期型。不法所持で叱られるの分かってるけど、でも欲しい!



次はアメリカ代表、アンクルガン・ドット・コムです。
# by tomenosuke_2006 | 2006-10-15 18:18 | プロップ
ゴリラズ Gorillaz
店主53才が記憶をたどりながら60年代の話をするのはフツーだろうけれど、ヴァーチャル・バンドゴリラズ Gorillazについて、あるいはその名前を出すだけで、なんか、ブッてるおじさんのように思われそうで気がひける。
とにかく店主は初代iPodからの敬虔なるユーザーだから、2005年5月、アップルのサイトでiPodの新しいCMをみるのは自然の成り行きだった。
で、バックに流れるいい感じの音がゴリラズで、それがイギリスのバンド、ブラーのデーモン・アルバーンとアニメ作家ジェイミー・ヒューレットが仕掛けたヴァーチャル・バンドのものだと知るまでに、それほど時間はかからなかった。
むしろキッドロボットから売り出されていたゴリラズという名のフィギュア4点セットの全貌を、iPodのCMきっかけで知ったのだった。
そのゴリラズの通算3作目と4作目の新作フィギュアが相次いでリリースされる。
もちろん留之助商店でも本家キッドロボットと同日発売の予定。
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値段は2D(ボーカル・イギリス人24歳)、ヌードル(ギター・大阪出身の日本人10歳)、マードック・ニカルス(ベース兼リーダー・イギリス人32歳)、ラッセル・ホブス(ドラムス・NY出身のアメリカ人27歳)の4キャラ・セットで、通算3作目のCMYKエディションが14,400円、4作目のWHITEエディション(上の写真)が17,400円となる。
前2作で使われたモールドは破棄され、新作は新しいデザイン(彫刻)と新しいモールドで作られる。
限定数は前2作同様、各キャラ2000個ずつで、いっきにソールドアウトになりそうな気配である。
ちなみに当店では1作目のBLACK(下の写真左)と2作目のREDエディション(写真右)を、それぞれ1セットずつ在庫している。
世界のどこを探しても、もはや見つけることがほとんど不可能なコレクションである。
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# by tomenosuke_2006 | 2006-10-13 10:19 | イマモチャ
1960年代アメリカのオッキモチャのこと・その3
●ロボット・コマンド(Robot Command)1961年〜1969年
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ロボット・コマンドの当時ものカラーTV-CMをみて驚いた。
薄紫のボディにスケルトンの頭をしてるじゃないか。
長年、ロボコマ追いかけてきたけれど、こんなの見たことない。
とにかくムショーに欲しい。
絶対、手に入れてやる。
そう思ったのは去年10月のこと。
さっそくアメリカのコレクターに当たってみた。
アメリカにはロボコマ・ファンで構成されるソサエティのようなものが存在する。
壊れたロボコマから使えるパーツを採り出し、リスト販売している人とか、解説書や保証書をオリジナルの紙質にまでこだわり復刻してる人。
中にはロボコマのもっともデリケートで壊れやすい部分、目の玉の回転を制御する細いゴムヒモを専門に売る人もいる。
値段は10ドル。
オリジナルより耐久性にすぐれ、長過ぎず、短過ぎず、絶妙なサイズに調整したものを届けてくれる。
とにかくロボコマがらみで知り合ったアメリカ人全員に、薄紫バージョンを余分に持ってたら譲ってほしいと、手当たり次第にメールした。
と、半日もたたないうちに2人からレスが。
あのTV-CMは1970年に放送されたもので、薄紫のロボコマは試作品だと。
新製品として売り出される予定が結局は商品化されず、ロボコマそのものも1969年のクリスマスをもってアイディアルのカタログから姿を消した。
つまり生産が打ち切られたというのだ。
ホッ、なければないで、むしろうれしい・・・レアだという理由でとんでもない金額を要求されたらどうしようかと、じつは気が気でなかった店主の気持ち、分かる人には分かりますよねぇ。
ロボコマはやっぱりベネトン風、赤と青と黄色の原色コンビネーションにかぎるのだ。
9年間、作り続けられたロボコマは、初年度の1961年版だけ、右胸の"ROBOT COMMAND"のロゴラベルが黒ベタ白ヌキ文字で作られ、あとは赤ベタ白ヌキ文字に変更された。a0077842_9144154.jpg
という理由で初年度版がインナー(緩衝材)付きオリジナルパッケージに入り、ロケットミサイル2本、ミサイルボール8個、解説書と保証書が付属し、さらに販売店向け修理マニュアル(左の写真)でもオマケに付いたなら、もはや恐ろしい値段になってしまう。
ちなみに修理マニュアルはロボコマ生誕40周年を記念して、2001年にソサエティのメンバーが復刻版を100部だけ限定出版したが、いまではそれだけで150ドルの値がついている。
以上はいまのアメリカでのロボコマ事情だが、かつて1960年代中ごろ、日本へもロボコマの波が押し寄せていたのだった。
第一次アニメブームに乗ってアトムや鉄人28号や8マンや、ときにはロボットキャラではない“のらくろ”や伊賀の影丸まで、もはや手当たり次第にロボットプラモ化していたイマイが、アメリカで大ヒット中のロボコマの権利を手に入れ、日本向けに改名して、その縮小版(日本の住宅事情を考慮した?)を2種類発売したのである。
まず大きい方がビッグサンダー。
本家のおよそ2/3のサイズで、本家と同じアクションを、マイクロフォンのギミックなしのふつうのリモコンで操作する。
小学5年生だったか、6年だったか、店主もビッグサンダーの組立てに挑戦したが、難しすぎて完成できなかった。
もちろんロボコマの存在をまったく知らない当時の店主だったが、他のイマイのロボットプラモにはない毛色のちがい・・・今風にいえばアメリカン・ポップな香りを感じとっていた、ような気がする。
ビッグサンダーは動かなくても特別で、子供部屋のいちばん目立つ場所に飾ったのだった。
もうひとつ、ビッグサンダーのさらに縮小廉価版としてベビーサンダーが作られた。
モーターで走り、ミサイルの発射は手動、両腕の付け根の黄色いパーツは省略されて赤と青のツートンカラーとなり、見るからに貧弱な子だった。

●キング・ザー(King Zor)1962年〜1964年
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ロボコマと同じアイディアルから発売されたキング・ザーは、口語体で発音すれば、キンザーである。
キンザーはキャスティングされた緑色のプラスチックのからだに、黄緑色のセルロイド製手足を持つロボット恐竜。
アメリカ征服を企てるマッドサイエンティストが発明した、らしい。
攻撃用の銃と吸盤付きのダーツが8本付属して、当時の値段はロボコマの14ドル97セントよりわずかに安い12ドル63セントだった。
が、現在では生産数がはるかに少なかったことと、セルロイドの手足が壊れやすく、簡単には完品を見つけられないという理由で、程度のいいキンザーにはロボコマ以上のプレミアがつく。
当店の販売価格もハンパじゃなく、ここで口にするのもチョットネーである(興味のある方は直接お店までご連絡を)。
箱付き完品と、箱なし完品と、付属品なしのキンザーのみとでは、現在のアメリカでの取り引き価格にそれぞれ500ドル以上の差がつく。
つまりパッケージだけで500ドルするということ。
笑ってやってください、店主はその劣化した段ボール箱のみに600ドル、送料50ドル、日本円でしめて78000円も払いましたとさ。

グレート・ガルーとビッグ・ルー
# by tomenosuke_2006 | 2006-10-12 09:46 | ムカシモチャ
コーヒーブレイク。
「多難でおかしなオモチャ屋さん開業への道」というサブタイトルのこのブログ、9月末にどうにか開業に漕ぎ着けたってこともあり、友人のひとりが「多難でおかしなオモチャ屋さん“成功”への道」に変えたらとアドバイスしてくれた。
けれど、ま、このままいくことにします。
成功なんていう言葉は肩の荷が重すぎるし、細く、長く、オモチャ屋の店主が続けられたら、それで十分。
初心を忘れないという意味も込めて、“開業”のままにしておきます。

それにしてもオモチャ屋きっかけではじめたブログを、仕事そっちのけで楽しんでる。
もはや本業(飛騨地区でいちばん忙しいお弁当屋がキャッチフレーズです)を放ったらかし、じつはオモチャ屋の店番も店長君にあずけて、暇さえあればブログしているかシーズンVの24、観てるか。
ブログという表現メディアが、かつて文章書いたり、本を編纂し、いまも創作意欲だけは衰えずにいる私にとっては、この上なくラクチンな場所なのだ。
締め切りがない。
文字数に決めがない。
カテゴリは雑誌にたとえれば複数の連載を受け持つような感じ。
好きなことを、好きなとき、好きなだけ書ける。
さらに都合がいいのは、アップロードしたあとでも書き直しがきくということ。
出版に関係していたころ、いつも締め切り間際まで改稿を繰り返したものだった。
映画の情報(技術的な事柄を含む)を扱っていたし、読者には手強いマニアが大勢いたから、何度も読み返し、間違いはないか、誤解をまねくような言い回しをしてないか、点検に次ぐ点検が当たり前になっていた。
それでもあとの祭りなんてこと、後悔することもしばしばだった。
ひきかえブログは、こっそり訂正できるし、実際、しじゅう手を加えている。
精神の解放区・・・なんて大袈裟なものではないけれど、ここではだれも私を取り押さえることはできない。
俺が法律なのだ!?
たったひとつ、1回のブログにアップロードできる画像が500KBまでという制約をのぞいては。

そんな自由なブログだから、1960年代アメリカのオッキモチャ関連で言いそびれたというか、話がどんどん横道にそれそうだったので遠慮してたこと、ここで書いておきます。
というのは“スター・ウォーズ”のジョージ・ルーカスがそれよりもまえの1973年に発表した映画アメリカン・グラフィティの時代と時代観について、少々。
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映画の冒頭だったかどこかで、こんなセンテンスが出てきた。
Where were you in '62 ? = 君は1962年、どこにいた?
ビル・ヘイリーとコメッツのロック・アラウンド・ザ・ロックにはじまり、ぜんぶで41曲のロックンロールが途切れなく繰り出されるその映画は、ファッションといい、クルマといい、カリフォルニアの風景といい、どれをとっても憧れのフィフティーズそのもの。
本当は60年代に入ってからのお話だったということを、忘れてしまいそうになる。
けれど50年代の文化風俗というものは、なにも1960年1月1日をもって衣替えとなり、クローゼットの奥に片づけられてしまったわけではない。
当然、新たなディケード(10年間)を迎えても、カーラジオからはきのうと同じヒット曲が流れ、ドライブインではチェリーコークがよく売れて、ソックホップ・パーティにナンパにシグナルレースが繰り返されていた。
むしろ華やかで活気に満ち、夢に溢れて、未来に何のかげりも感じないでいたフィフティーズの終焉は、ケネディ大統領の死の前後、ベトナム戦争が他人事でなくなった1963年ごろにおとずれたとみるのが正しいだろう。
1962年の卒業シーズン、カリフォルニアの小さな街で繰り広げられる若者たちの一夜の馬鹿騒ぎには、だから意味があったのだった。

そういう点からも60年代アメリカのオッキモチャの中でも、ロボット・コマンドを除くグレート・ガルー、キング・ザー、ビッグ・ルーたちは、むしろフィフティーズの精神によって生を授けられ、ゆえに短命で終わった不運の子だった。
アメリカン・グラフィティの主人公たちに弟がいれば、きっと買ってもらっていたにちがいないオッキモチャ。
もしいま実物を手にする幸運にめぐり合えたなら、アメリカン・グラフィティのDVD流すか、CD聴きながら、愛でてやってほしいと思う。

えっとー、留之助商店ではその幸運、売ってまーす。


# by tomenosuke_2006 | 2006-10-10 22:00 | TV・映画・ビデオ
1960年代アメリカのオッキモチャのこと・その2
ロボット・コマンドは見るからに未来的なロボット戦車風だったが、一見、アラジンの魔法のランプから出てきたようなグレート・ガルーもまた、SFキャラとして少年たちの前に登場した。
SF映画の巨大モンスターが従順なしもべに生まれ変わり、思いのままにコントロールできるようになった、というのがキャッチフレーズ。
TV-CMはグレート・ガルーが街を破壊するシーンで幕を開け、かわいい兄妹が遊ぶ子供部屋へとカットバック、そのしもべぶりを披露する。
得意技は上半身を前に折って物をつかみ上げたり、両手で物をつかみ、運ぶこと。
実用化された最初の家庭用執事型ロボットといえる、かも。
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翌年、1962年のクリスマスにはロボット・コマンドのアイディアルが追い討ちをかけるように全長68センチのロボット恐竜、キング・ザーを投入してきた。
前作ロボット・コマンドが少年の命令のもと、各種兵器を繰り出し戦うという戦友型だったのに対し、新作キング・ザーは敵対型。
背中から打ち出されるミサイルボールの攻撃をかわしながら、専用の銃で尻尾の先の赤い標的を狙い撃つ。
みごと当たれば方向を変えて退散するという、ゲーム性が色濃く反映された製品だった。
ロボット・コマンドとキング・ザーの猛攻を浴びたグレート・ガルーのマルクスは翌1963年、これでもかの大物、高さ96センチ(ロボット・コマンドのおよそ2倍の背丈)のビッグ・ルーを発表した。
キャッチフレーズは、月から来たお友だち。
複雑なメカは一切搭載されず、電池は目玉の豆球を点滅させるのみ。
手動でタマやロケットを飛ばしたり、マジックハンドと同じ仕組みの右腕を操り物をつかみ取る。
トーキングボックス内蔵で、背中のクランクを回すと自己紹介するところが、唯一、すぐれていた点といえるだろう。
が、あまり売れなかった。
ビッグ・ルーをねだる子供が、ことのほか少なかったのだ。
ニヤニヤした顔の実物を見れば、分かる気がしないでもない。

4大オッキモチャが出そろった1963年のクリスマス。
街のオモチャ屋やデパートの売り場は、いままで以上に充実して、活気に満ちあふれるはずだった。
a0077842_1158264.jpgが、そんなわけにはいかない暗くて重い空気がアメリカをおおい、多感な少年たちはこれまでとはちがう時の訪れを意識したのだった。
クリスマスをひかえて街が華やぎはじめた1963年11月22日、テキサス州ダラスで大統領就任2年目の若くてパワフルで正義感旺盛なあのケネディが、凶弾に倒れたのである。
アメリカはこの日を境にベトナムへの軍事介入をさらに強硬に推し進めるようになり、アナーキーな時代へと突入していった。
もはやそういう時代にファンタジーは不要となった。
従順なグレート・ガルー、敵というにはチャーミングなキング・ザー、月から来た友人ビッグ・ルーは、まもなく市場から消えていった。
ケネディが大統領として人生を送ったと同じ時期にオッキモチャは生まれ、短い生涯を閉じることになったのである、奇しくも。
一方、兵器として十分役目を果たすロボット・コマンドだけは1960年代の終りまで作り続けられ、戦車や軍艦などの即物的で夢の乏しい新たなオッキモチャといっしょに売られたのだった。
つづく。

年をとると、いろんなことをつい時系列で考えてしまうようになり、たかがオモチャの話が固くなってしまいました、失礼。
次回、最終回は4大オッキモチャの、もっと商品に即したネタを紹介するつもりでいますので、よろしく。
とかいいながら、さらに古風といわれるかもしれませんが、本ブログで話題にした映画タイトルなど書き添えて、1960年代の年表を作ってみました。
よかったら見てください。
店主の少年時代は、こういう時代だったんだぁと、あらためて納得。
(グレーの文字は世界の出来事、茶色は日本、緑は映画TV、赤はオッキモチャです)

1960年代年表
# by tomenosuke_2006 | 2006-10-09 12:26 | ムカシモチャ
1960年代アメリカのオッキモチャのこと・その1
以前、ムカシモチャのカテゴリでスパイモチャについて3回ほど続けて書いたことがあったけれど、その結び“スパイモチャ/その3/ナポソロもの”で「スパイモチャからオッキモチャへ、店主の玩具道は果てしなく続く」みたいなこと言って、そのまんまにしていたことを思い出した。
で、続きを。
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留之助商店には“ならでは”の品物がいろいろあるけれど、たとえば1960年代アメリアの4大オッキモチャをつねに在庫している店など、うち以外、日本のどこを探してもないはずだ・・・なんて大見得切っても、そもそも4大オッキモチャなんていう概念は、いまのところ岐阜県高山市本町3丁目44番地でしか通用しないと思われる。
1960年代当時、つまり店主が少年時代の海の向こうのオッキモチャは、単に大きいとうだけでなく、あらぬ造形で、存在感が並ではないところがよかった。
ベアブリックの1000%(高さ約70センチ)や20インチ・ダニー(高さ約50センチ)も、彼らの個性のまえではひれ伏すしかないのだ。
当店にはわずかにブリキ製のビンテージトイもあるけれど、ブリキノモチャは店主的にはすでに終わったと見なしている。
プレスよりはキャスティングにつきる。
高度で柔軟な表現力を有した化(バケ)学素材のプラスチックやソフビでできたキャスティング(鋳造)製品の方が店主の好みだし、そういう点からも60年代オッキモチャこそは、当時の新素材“プラスチック”によるかつてない色彩と形状と質感を得て、オモチャの新時代を体現したのだ。
デザイナーズトイの原点、オブジェモチャのご先祖さまなのである、絶対的に。
その大きさからいっても、彼らは単なるオモチャにとどまらず、ペットか家族の一員として迎えられるよう企画された。
たとえばマテルやヒューブレーのトイガン握って西部劇ごっこするのではなく、いっしょに暮らすオモチャ。
男の子が抱きかかえても、連れ歩いてもおかしくない、だけでなく、ひときわ目立って注目を集めるに十分なサイズ。
そういうオッキモチャが1960年代はじめに4種類、誕生したのだ。
それがロボット・コマンド、グレート・ガルー、キング・ザー、ビッグ・ルーだった。
(ロボット・コマンドは当店ホームページのトップに、グレート・ガルーは当ブログ右下のネームカードに、キング・ザーは同じく当ブログ右上のロゴに引用してます。それくらい好きってこと?)
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TV-CMから。左よりロボット・コマンド、キング・ザー、ビッグ・ルー。

最大手のマテルが女の子用にバービーを、男の子用にシューティングシェルのトイガン(ムカシモチャのカテゴリで紹介)を大ヒットさせていた1960年代はじめ、アイディアルとマルクスという二番手を競うライバル・オモチャメーカー2社が、男の子向けに投入してきたのがオッキモチャだった。
アイディアルからは高さ46センチのロボット・コマンドが、マルクスからは57センチのグレート・ガルーが、まず1961年のクリスマス・シーズンにデビューした。
1961年といえば、ジョン・F・ケネディが第35代アメリカ合衆国大統領に就任し、近年で最も偉大な大統領就任演説を披瀝した年でもある。
「祖国があなたに何をしてくれるのか尋ねるのではなく、あなたが祖国に何ができるか自問してほしい」
オットット、きどうしゅうせい、軌道修正。

ロボット・コマンドは、君の命令どおり動く。
さぁ、マイクロフォン・リモコンに語りかけよ。
前進、右旋回、左旋回!
ミサイルボール発射、ロケット発射!
目玉がつねに渦巻き回転しているのは、敵を見逃さないため。
後退のメカニズムは搭載されていない。
なぜならロボット・コマンドは決して敵に後ろ姿を見せないのだ。
(TV-CMのナレーションから抜粋)

マイクロフォン・リモコンに向かって語りかけるというのは、厳密にはマイク(のカタチをしているだけ)に向かって息を吹きかけ、マイク内部の薄い金属板を動かして、電気回路の開閉を操作することにほかならない。
マイクロフォン・リモコンとロボットは、ロボット内蔵の駆動用モーター直結の電線と、さらに1本、カメラのレリーズのようなワイヤーでつながれ、そのワイヤーのプッシュ&プル操作でロボットに組み込まれたメカニズムのギヤを切り替え、すべてのアクションを制御する。
実態はスーパーロウテク、けど思い通りに動かすには慣れとコツを要した。
値段の14ドル97セントは、当時の家庭用21型テレビが150〜200ドルしたことを思えば、けっして安いとはいえないが、爆発的に売れた。
平和なアメリカのいたるところで、ロボット・コマンドの操作を競い合う少年たちがいた。
中には、将来、ベトナムの戦地へ駆り出されるとも知らず、マイクロフォン・リモコンに向かって「ミサイル発射!」と声を張り上げていたあどけない少年も。
そういう時代だったのだ。
つづく。
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A Boy and his Robot Command/1962年の写真


# by tomenosuke_2006 | 2006-10-09 00:29 | ムカシモチャ