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今度はイアン・フレミングなのだ。
007の生みの親イアン・フレミングが、既報のアルゼンチンのカスタムフィギュア屋Bondcollectionで12インチ化されることになった。
フレミングといえば単に作家というだけでなく、華麗なキャリアの持ち主だったことで有名だ。
国会議員を父にセレブな環境で育ち、陸軍士官学校卒業後、1930年代にロイター通信の支局長としてモスクワに赴任、1939年からMI6 (007が所属するイギリス情報部) に勤務、第二次世界大戦中は実際に安全保障調整局 (BSC) のスパイとして活動したロンドン生まれの冒険小説家。
小説『黄金の銃をもつ男』を校正中の1964年8月12日、映画『007ゴールド・フィンガー』の完成を待たずして心臓麻痺のためこの世を去った。
モチャ化のメニューからは外されてしまいそうな、しかし007史の起源ともいうべき憧れの人物を、ちゃんと題材にするところがボンコレの好感が持てるところだ。
プロトタイプの画像を見て雰囲気の巧みな捉え方、芸の細かさにつくづく感心した次第。
こちらも店主が個人的に買うついでに、代行輸入承りますね。
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More: 椅子以外のアクセサリーはすべて付属します。
by tomenosuke_2006 | 2009-07-08 07:31 | チョイマモチャ
アルゼンチンのちょっと面白いカスタムフィギュア屋。
007シリーズの12インチ・フィギュアといえばSIDESHOWが最高だけれど、いかんせんすべてSOLD OUT。
ショーン・コネリー世代の店主としては、コネリーボンドや共演者フィギュアをソツなく全種類、2〜3個ずつ確保しているコレクターの一面をのぞかせてしまうわけだけれど、いろんな意味で舌足らずなシリーズに不満を感じていた。
たとえば『007 ドクター・ノオ』(1962年)のドクター・ノオがいて『ゴールドフィンガー』(1964年)のオーリック・ゴールドフィンガーがいない。
『ゴールドフィンガー』の日系プロレスラー、ハロルド坂田演じる悪役ボディーガードのオッド・ジョブや美貌の女パイロット、プッシー・ガロアがいるというのに、ドイツ人俳優ゲルト・フレーベのゴールドフィンガーがいないのだ。
『ドクター・ノウ』のウルスラ・アンドレスが演じた白いビキニのハニー・ライダーがフィギュア化されていないのは我慢しよう、どうせボールジョイントの素体むきだしフィギュアなんて気落ち悪いだけだから。
とにかくゴールドフィンガー不在のSIDESHOWに代わって、アルゼンチンのカスタムフィギュア作家がついに天下の悪役を完成させた。
ついでに絶版久しいオッド・ジョブも復活させて、最高の悪役デュオを往年の007好きでオモチャ好きのオヤジたちに向けて、ノンライセンスだから宣伝打つわけにもいかず、ひっそりと売り出したのだよ。
留之助で代行輸入承ります、よかったらご注文ください、これが成功したらまたまたコアな新作が出るかもしれない。
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by tomenosuke_2006 | 2009-05-02 11:08 | チョイマモチャ
カスタム12インチを集めてまぁ〜す - その1。
たった3種類の、されど最高の出来の12インチ『宇宙家族ロビンソン』フィギュアを発売するも、まもなく会社を閉じてしまったSci-Fi Metropolis(サイ-ファイ・メトロポリス)。
去年11月にその3種類のフィギュアを惜しみながら紹介したけれど、きょう、あの記事以来ひさしぶりにお問い合わせをいただいた。
すみません、現行サイドショーのようなプライスじゃなくって。
12インチに限らず、絶版レアなアイテムの当店価格をお伝えすると、8割方、思いとどまってもらえるんで内心ホッとしたりして。
あるお客さまからは「売る気のなさそうな値段」なんて図星を突かれたりもします。
そういうモチャの中でも、人知れずひっそりと集めつつ、販売するとなるとついついイクスペンシヴになっちゃう1960年代キャラの手仕事カスタム12インチ・フィギュアを、何回かに分けてお披露目させてもらおうかと、題して『カスタム12インチを集めてまぁ〜す』。
そこで先陣を切るのは、我らがジェームス=ショーン・コネリー=ボンドのジェットパック仕様である。
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007シリーズが世界一バラエティ豊かな秘密兵器映画としても名を馳せることになった『サンダーボール作戦』(1965年)で、先を急ぐスーツ姿のボンドがちょいと空を飛ぶ時に使用したのがジェット・パックだった。
ジェットパック・ボンドはサイドショーはおろか、老舗Gilbert(ギルバート)やミニカー&ミニフィギュアのCorgi(コーギー)からも出ていない。
既成『サンダーボール作戦』フィギュアの優秀賞はサイドショーのスキューバー・ボンド止まり、やっぱりフィギュアも秘密兵器に身を包んでもらわなきゃ、ただのソックリさん人形でしょ。
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こちらはベースにDID製のヌードボディを採用し、ヘッドはサイドショーのボンドをリキャスト、額の深いシワを埋めて柔らかめのメイクで仕上げている。
ジェットパック回りはもちろん、ヘルメット、シャツ、ネクタイ、スーツはすべてハンドメード。
PPK、シューズ、リストウォッチなどはサイドショーのアクセサリーを応用している。
なかなかのモンです、こういう完成度は器用なだけじゃ生まれない、憧れとか、愛情がないと。
品格さえ漂っていると思いませんか。
いちおう販売もします、気になる方はお店の方へ問い合わせてみてくださいね。
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MGCのPPKのカタログです、トートツですよね。
by tomenosuke_2006 | 2008-05-26 23:17 | チョイマモチャ
スパイ・ファン必携のハンドパペットです。
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確か月光仮面だったような気がする。
石膏か紙粘土製の頭と手が、底の抜けた袋状の衣裳に縫い付けられた、とてもチンケな指人形で遊んだような。
けれど、あまり盛り上らなかったような。
指人形でひとり遊びするのはさびしすぎると思ったし、かといって人形劇の相手をしてくれるような友だちもいなかった。
というより人形劇というこじんまりとした遊び、人形そのもののチンケさが、こども時代の店主を本気にさせてはくれなかったのだ。
で、上の画像は店主のペーパーコレクションの1枚、月光仮面より遅れることおよそ6年後の1966年にアメリカの大手玩具メーカーGilbert社が小売店向けに作った指人形の新製品案内である。
こんなのだったらすすんで買いましたよ、4つともね。
もちろん弟に『ゴールドフィンガー』のオッド・ジョブとか『サンダーボール作戦』のラルゴを演じさせ、自分は右手にボンド、左手にイリアで人形劇の主人公となり、徹底的に悪者を退治したはず。
ま、そういうギルバートのハンドパペット・イリヤを、やっと見つけ出したのでした。
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けっしてソフビが年とともに硬化したわけではないでしょう、この厚み、この構造では、宣伝文句にあるようなリアリスティック・アクションなど到底ムリ。
プライアブル(柔軟で曲げやすい)ビニール・マテリアルなんていってるけれど、前方屈伸が関の山だ。
とかなんとか、批判じみたことをいう気は毛頭ございません。
ひとえにこういうオモチャが少年向けに作られた1960年代にクスッとなるってこと。
そういう気分が好きで留之助商店はイマモチャだけでなく、60年代アメリカの少年トイの宝庫も目指しているという、報告でした。
by tomenosuke_2006 | 2008-05-11 22:20 | ムカシモチャ
『0011は二度死ぬ』もしくは『ボンド・フロム・アンクル』。
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こちらの画像は1年以上まえに紹介したことのある007メンコと0011メンコの一部なんだけどね、“7”のイリヤが手にしているアンクルカービンのエクステンション・バレルのグリップが反対向きに取り付けられているのは、これがはじめてじゃないから流すとして、“6”のソロはマズイでしょう。
どう見ても背景は『007は二度死ぬ』のスペクターの秘密基地だし、一方“4”のコネリー・ボンドはアンクルガンを握っている。
まァ、これこそ肖像権やらライセンス無視の過ぎ去りしメンコの日々のほのかな思い出。
そこで切り離すまえのシート状態のメンコをDTP(デスクトップピクチャー)に仕立て留之助DOWNLOAD資料室に追加したんで、よかったらダウンロードしてよーく見てやってください。
人着のソワソワした色合いがあなたのデスクトップを落ち着きのない世界に一変させること請け合います。
ただしサイズはワイドスクリーン・モニター用の1920x1200pixel、場合によってはトリミングしたり縦横比を変えなきゃならない人もいらっしゃるかも。
ついでにあと2、3点、別のDTPもオマケしておきました。
by tomenosuke_2006 | 2008-02-08 13:33 | ムカシモチャ
0011のメンコ。
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右下にMADE IN JAPANとあるのに、その左にはSINGAPOREねぇ。
左のA-3のとなりの文字SOLE AGENTとは独占代理店というような意味だから、シンガポールのTHONG SOON & CO.(トン・スーン社)がライセンスか何かを持っていて、日本のどこかが印刷したってことかなぁ。
ま、とにかく来年最初のプロジェクトというか、お遊びは、0011ナポレオン・ソロのP38アンクルタイプ(ハンドガン)とアンクルカービン。
そんなわけで資料を整理してたら、箱の中からこんな裁断まえのメンコが出てきた、と。
しかも2種類。
むかしむかし、1980年代にLAのメルローズ・アベニューにあったノスタルジー・ショップで見つけたヤツ。
我ながら、物持ちのよさには感心。
今度、額装してお店に出します。
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007のメンコも。
by tomenosuke_2006 | 2006-12-29 17:22 | ムカシモチャ
スパイモチャ/その2/アタッシュケースもの
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仕事で大阪に出かけていた父が、おみやげの入ったステーションデパートの包みと見慣れぬカバンを手に提げ、帰宅した。
包みの中身は新しいエージェントゼロだと想像がついた。
このまえ、はじめてスナップショットガンを買ってくれたとき、ほかにも種類があると聞かされていたし、子供のおみやげという口実で、じつは自分が触ったり、ぜんぶ買ってみたくなるという父の性格を知っていたから。
もちろん新しいオモチャをすぐにでも見たかったけれど、それよりも気になるのは父がうれしそうに、いくぶん自慢気に持ち帰った板のように薄く四角い黒革のカバンだった。
父が、カバンひとつですごくカッコよく見えた。
大阪では背広を着た会社員は、みんなこういうカバンを持ち、街を闊歩しているのだという。
このカバンの呼び名は、手提げでもなければ、書類入れや旅行カバンでもない、“アタッシュケース”なのだと教えてくれた。
なんと軽快な英語の響き。
そして父は、こう付け加えた。
007のカバンなんだ、と。

007の第2弾007/危機一発(1964年日本公開)をどこで観たのか、映画館だったかTVだったか、それとも“007/ロシアより愛をこめて”と改題されたリバイバル上映のときだったか。
とにかく英国情報部の発明係のQが、任務につくジェームス・ボンド(ショーン・コネリー)に渡したガジェットのひとつが、秘密の仕掛けが施された特製のアタッシュケースだった。(ボンドはいつもQの説明をチャカしてばかりで真面目に聞こうとしないくせに、必ず彼の発明品で命を救われる)
スラッとかっこいい細身のスーツに身を包んだボンドには、エッジのきいた黒いアタッシュケースがよく似合った。
世界の美女を片っ端からものにするスーパースパイに、世のオヤジたちが心酔し、劇中、彼がつねに携行する特徴的なカバンとよく似たヤツを自分も持って、一発キメてみたいと思ったのも不思議ではなかった。
けっこう、むかしの大人は(も)ミーハーだったのだ。

大人の世界がそうだから、少年の世界はもっと楽しかった。
とはいっても、アタッシュケースもののスパイモチャで遊んでいたのはアメリカの少年たち。
子供をダシにしてまでオモチャを買うのが好きな父が、おみやげに持ち帰らなかったところをみると、お目に叶う日本製品はなく、海外製品もあまり輸入されていなかったと思われる。
店主が集めたものも、いくつかはLAに住んでいた20年以上まえにガレージセールやスワップミートでの掘り出し物。
あとはebayを通じて、アメリカやヨーロッパのコレクターから譲り受けたものである。
中でも完品を見つけ出すのがいちばんやっかいなのは、その名もずばりジェームス・ボンド・アタッシュケース(左上の写真)。
007のガンシンボル・ロゴをいたるところにあしらった世界で最初の007印の子供向けライセンス商品で、かつアタッシュケースものの草分けだ。
アメリカのギルバートから1964年に発売された。
名刺にパスポート、紙幣に手帳に専用鉛筆までついているが、なぜかお札にだけMade in Japanの文字が。
やや遅れてアメリカのトッパーズトイからは、2種類のアタッシュケースもの(右上のアドの中ほど)が発売された。
ひとつはオリジナルキャラのサムという名のスパイが愛用しているという設定のシークレット・サム、小型カメラが付属した。
そしてもうひとつがマルチピストル09。
このふたつはジャームス・ボンド・アタッシュケースの値段8ドル88セントの半額以下の、3ドル33セントで1965年のクリスマス商戦に参入、本家に迫る勢いで売れた。
もちろん少年たちのいちばんのお目当てはアタッシュケースの中のピストルだ。
どれもロングバレルにサイレンサー、スコープにストックといったパーツ類が付属して、すべてを取り付けるとメカむき出しのカービン銃の出来上がり。
そのカッコよさ、ユニークさで人気を競った。
なんとシークレット・サムのカービン銃には水平に取り付けるスコープのほかに、垂直に立てる潜望鏡までついて、垣根ごしに敵国のスパイを偵察するにはもってこいだった。
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手のひらに収まる小型銃に別の部品を付け足しながら、異なる形状の武器へと変身、強化させるという行いこそが、少年の冒険心を大いに刺激した。
近年でいうところの合体ロボや変身メカ的、工作と創造とメタモルホーゼの興奮。
ボンドが愛銃のワルサーPPKに長いサイレンサーをネジ留めするシーンを見るだけで、熱くなる男子は多い。(ね、四国のお百姓さん)
だからこそ007/危機一発でボンドがアタッシュケースから取り出した実銃のAR7を組立て、スナイパーライフルに変身させて敵を狙うシーンは、男子垂涎の一コマなのだ。
アタッシュケースものスパイモチャ、あるいはすべての血わき肉躍る変身銃の原点は、じつはここにあったのだった。
というわけでスパイモチャ物語の次に触れなければならないのが、原点の007を凌駕して変身銃の極みに達した0011について。
TVシリーズ0011ナポレオン・ソロに登場した通称アンクルタイプと呼ばれた銃ほど、いまだに多くの男子たちを惑わし続けているものはないのだった。
トートツだが、田舎に住んでたわりにはお洒落な、軟派なようで堅物の、父の言葉を思い出した。
007/危機一発という題名は、間違った日本語を子供たちに植えつけてしまいそうで、よくない。
キキイッパツは、危機一髪と書くのが本当なのだ、お前ぐらいは覚えておきなさい。
そんなことどうでもいいのにと思いつつ、その3、最終回へとつづく。

上はサイドショートイから発売された12インチのQ。右手に抱えているのがAR7である。店長としてはストックは黒くしてもらいたかった。当店ではサイドショーから発売され絶版となったショーン・コネリー時代の007関連フィギュアを随時補充、ビンテージのスパイモチャといっしょに販売していく計画である。



もっとアタッシュケース。
by tomenosuke_2006 | 2006-07-18 22:22 | ムカシモチャ
お見舞いと饒舌。
むかし、1980年。
LA生活をはじめたとき、一日も早く英会話をマスターしたい一念で、あることをこころに決めた。
・・・日本語を話さない生活をする。
ダウンタウンには日本の商業施設が集中するリトルトーキョーがあり、街のいたるところで日本人が営む日本食レストラン、マーケット、ガスステーションや自動車修理工場、旅行代理店や保険会社、診療所や弁護士事務所など、いろいろ何でも見かける。
つまりアメリカに住んでも、日本語だけで生活しようと思えば難なくできてしまうのがLAなのだ。
英語を学びたいと思う人には、治安も含めて危険な場所というしかない。
口がホームシックを訴え、たまに日本食を食べには出たけれど、あとは極力、日本人との接触をさけ、片言の英語でやり抜いた。
おかげで、とんでもない中古車を買わされたり、修理代をぼったくられたりで、課外授業にもけっこうレッスン料を払ったものだ。
とにかく、そんな生活を続けて半年ほどたった年の暮れ、東京時代の友人が遊びに来た。
積もる話は山とある。
LAXに迎えに出てから、当時ハマッていたPioneer Fried Chickenでカリカリの鳥の唐揚げを食べ、夜のチャイニーズシアターで最後のショーを観るまで、とにかくしゃべり続けた。
恥ずかしいくらいに。
そう、日本語を話すことに飢えていたのだった。
個室にこもり、病院のスタッフとは必要最小限の言葉しか交わさず、あとはキーボード相手にひとりごとの日々。
半月ちょっとしかたっていないというのに、きょうの午後、お見舞いによってくれた友人カップル相手に、まるでLAに住みはじめたころの調子でしゃべりまくった。
おもに007のこと、たわいない。
その話し中に看護師さんが入浴の順番が回って来たと告げに顔を出し、なんか救われた感じがした。
私よりも、お見舞いに来た友人が?
病室に誰かをたずね、具合やら経過について会話したのち、かならず沈黙タイムに突入し、だからといってさっさと帰るのは薄情な気がする。
そんな経験をしたことがあるような。
そういう時、もし医師が回診で病室をおとずれたり、看護師が“男子入浴中”の札を持ってあらわれたら、それこそ千載一遇のチャンスではないか。
もちろん友人はチャンスをものにした。
ジェームス・ボンドがロシアより愛をこめてでギミックいっぱいのアタッシュケースを使ったのがきっかけで、オヤジたちの間でアタッシュケース・ブームが巻き起こったという話、まだなんだけどなぁ。
あしたの朝は週のはじめの尿と血液検査があり、3日間の日程でパルス療法の点滴がはじまる。
1回目がダメても、2回目で効く人が少なくないという話を信じて、おやすみなさい。
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by tomenosuke_2006 | 2006-07-17 23:56 | ネフローゼ症候群
もう一回、やります。
午後、ノートブックでゴールドフィンガーのDVDを観ていたら、詳しくはショーン・コネリー・ボンドがワラの山に投げ飛ばしたプッシー・ガロアを羽交い締めにして、むりやり彼女の唇を奪おうとしているとき、主治医の小田先生が研修医の若い子たちを何人も従え、回診にいらした。
けさの尿と血液検査の結果、先週はじめのパルス療法後に低下したタンパク尿が、またちょっと増え、それに反比例して血清のアルブミンというタンパク質が下がる典型的なネフローゼ状態だと知らされた。
落胆する私を励ますように担当の研修医、新之介先生が、それでも入院時と比べれば改善してるからと言葉を添える。
結果は、連休あとの来週火曜日から3日間、もう一度、パルス療法をうけることに。
摂取している水分以上にオシッコが出て、ゆっくりだけれど浮腫みは引きつつあるし、体重も入院時からくらべて2キロは減った。
2度目のパルス療法で、何がなんでもスッキリしたい。
プッシーといっしょに着地したパラシュートの中で、ボンドが味わった以上のスッキリ感。
今度こそ映画のエンディングのようなカタルシスを期待したいと思うのだった。
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by tomenosuke_2006 | 2006-07-13 23:55 | ネフローゼ症候群
いっきに入院、ぜったいひとり部屋。
6月30日金曜日、入院の日取りをきめるつもりで出かけてきた県立岐阜病院の腎臓内科で突然、きょう入院できるかと問われた。
1週間ほどまえ、紹介状を書いてもらった腎臓病に詳しい高山市の高桑先生(高桑クリニック)からは、岐阜病院はなかなかベッドが空かないが、とにかく何がなんでも入院できるよう電話で腎臓病の専門医、大橋先生に頼んでおいたと聞かされていた。
けれど、まさか今日のきょうとは思わず、なんの準備も心構えさえできていない。
週末にいろいろ片づけ、翌週月曜日から入院したいと思っていたのだ。
きょうの午後、ちょうどひとり部屋が空くのだが、ここできめないとすぐ埋まってしまうだろうといわれて、即断した。
ノートブックを持ち込みたいし、内蔵スピーカーでiTunesに録りだめた音楽聴いたり、DVDだってまわりを気にしないで楽しみたい。
ネフローゼ症候群で入院するんだ。
消灯の規則から解放されて、だれにもジャマされずに過ごしたいよ。
日ごろ、会社の仕事に追われてできないでいたこと、やってみたかったことは、個室でこそ実現可能なのだ。
看護師の女性が口にした、重症患者が入院することになったらひとり部屋を出てもらう場合もあるという言葉に引っかかるものを感じながら、当面の入院生活に必要な身の回りの品を取りに、東海北陸自動車道から東海環状自動車道に乗り換え、富加関ICを飛び出して下呂市の家を目指した。
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ずいぶんまえに買いながら仕事に追われて観られないでいた“007製作40周年記念限定BOX”


by tomenosuke_2006 | 2006-07-04 23:43 | ネフローゼ症候群