泣き虫アントワネットが8年ぶりに帰って来る。
LAのインディペンデント・レーベルSympathy Records(シンパシー・レコード)のロゴ・キャラクター、泣き虫アントワネット(愛称はアニー)がNecessaries Toy Foundation(ネセサリー・トイ・ファウンデーション)でフィギュア化されたのは、まだモチャがデザイナーや彫刻家の名前で語られるようになるまえ、デザイナーズ・トイとかアート・トイなんていう言葉が生まれる以前(もちろんオブジェモチャなんていう造語が降って湧くまえ)の2002年のことだった。
シンパシー・レコードの専属デザイナーPABLO(パブロ)が描いたアニーを、映画TVの小道具部門で働きはじめ、ハスブロやマテルのカタログ撮影用のモデラーもしていた当時26才のNathan Cabrera(ネイザン・カブレラ)が、なんと16インチ(40センチ)という中途半端に大きなサイズで彫刻したのだ。
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アニーは超がつくほどのセンシティブな女の子、まわりの人たちは不幸な話題で溢れ返る新聞やTVニュースから彼女を引き離すのに必死だ。
ホームレスがショッピングカートを押しているのを見ただけでも泣く。
ハンバーガーレストランでフレンチフライがカラッと揚がっていなかったり、ウェートレスがケチャップを持ってくるの忘れてもオイオイと泣く。
それだけじゃない、悲しい出来事を思い出したり、ただ悲しい考えを心に抱くだけでも泣いてしまうのだ。
同情心は人の何倍も強く、本当はBETSEY JOHNSON(ベッツィ・ジョンソン)のファンなのに、貧しい人を気づかってロングビーチのスワップミートで見つけた2ドルのボロドレスをいつも着ている。
8年前はブルー、最近ではブラックやライトブルーのドレスに着替えて、またまた泣き出したのだ。
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8年ぶりに復活した泣き虫、あるいはオブジェモチャ黎明期の生き証人。
アニーはモチャ専門サイト3D RETRO限定のブラック版(300個限定)と、一般小売店向けのライトブルー版(300個限定)の両方が、昔とまったく同じ簡素なヘッダーカード留めの透明バッグに詰められて入荷の予定だ。
で、これは余談だけれど、アニーを彫刻したネイザン・カブレラといえば、あのジョージ・ルーカスが笑って公認したR2-D2のリップオフ、R2-D4の作者として、もはや伝説のデザイナーなのだった。
知ってるあなたは相当に年季の入ったオブジェモジャンですが、それを留之助で売ってることまではご存知ないでしょう。
しかも2007年にメルローズのストリートカルチャー・ショップSURUのために50個だけ復刻させたサイン入り新R2-D4や、かつてR2-D4とともに語られたBill McMullen(ビル・マクミューレン)作の幻のAD-ATも、値段は高いですが在庫してるんですよ。



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AD-ATの作者ビル・マクミューレンはNY在の実力派グラフィック・デザイナーで、セレクトショップSWISH NYC(スウィシュエヌワイシー)のメンバーでもある。
CDジャケットをはじめ、映画関連の仕事も数多くこなしている。
スパイク・リー監督の『ドゥ・ザ・ライト・シング』(1989年)やクリストファー・ウォーケン主演の『キング・オブ・ニューヨーク』(1990年)のポスターなどはその代表作。
黒澤明監督『隠し岬の三悪人』のアメリカ版DVDパッケージもデザインした。
2005年にはkidrobotからニセ100ドル紙幣100枚分の札束を模した木製彫刻を100個、つまり合計で100万ドルを発売したり、2007年には同じくkidrobotからNIKEのエアマックスとスペースシャトルを合体させたソフビモデル、シャトルマックスを発表、いまではどれもコレクター垂涎のアイテムとなっている。
by tomenosuke_2006 | 2010-04-06 21:38
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