包みの中身は新しいエージェントゼロだと想像がついた。 このまえ、はじめてスナップショットガンを買ってくれたとき、ほかにも種類があると聞かされていたし、子供のおみやげという口実で、じつは自分が触ったり、ぜんぶ買ってみたくなるという父の性格を知っていたから。 もちろん新しいオモチャをすぐにでも見たかったけれど、それよりも気になるのは父がうれしそうに、いくぶん自慢気に持ち帰った板のように薄く四角い黒革のカバンだった。 父が、カバンひとつですごくカッコよく見えた。 大阪では背広を着た会社員は、みんなこういうカバンを持ち、街を闊歩しているのだという。 このカバンの呼び名は、手提げでもなければ、書類入れや旅行カバンでもない、“アタッシュケース”なのだと教えてくれた。 なんと軽快な英語の響き。 そして父は、こう付け加えた。 007のカバンなんだ、と。 007の第2弾007/危機一発(1964年日本公開)をどこで観たのか、映画館だったかTVだったか、それとも“007/ロシアより愛をこめて”と改題されたリバイバル上映のときだったか。 とにかく英国情報部の発明係のQが、任務につくジェームス・ボンド(ショーン・コネリー)に渡したガジェットのひとつが、秘密の仕掛けが施された特製のアタッシュケースだった。(ボンドはいつもQの説明をチャカしてばかりで真面目に聞こうとしないくせに、必ず彼の発明品で命を救われる) スラッとかっこいい細身のスーツに身を包んだボンドには、エッジのきいた黒いアタッシュケースがよく似合った。 世界の美女を片っ端からものにするスーパースパイに、世のオヤジたちが心酔し、劇中、彼がつねに携行する特徴的なカバンとよく似たヤツを自分も持って、一発キメてみたいと思ったのも不思議ではなかった。 けっこう、むかしの大人は(も)ミーハーだったのだ。 大人の世界がそうだから、少年の世界はもっと楽しかった。 とはいっても、アタッシュケースもののスパイモチャで遊んでいたのはアメリカの少年たち。 子供をダシにしてまでオモチャを買うのが好きな父が、おみやげに持ち帰らなかったところをみると、お目に叶う日本製品はなく、海外製品もあまり輸入されていなかったと思われる。 店主が集めたものも、いくつかはLAに住んでいた20年以上まえにガレージセールやスワップミートでの掘り出し物。 あとはebayを通じて、アメリカやヨーロッパのコレクターから譲り受けたものである。 中でも完品を見つけ出すのがいちばんやっかいなのは、その名もずばりジェームス・ボンド・アタッシュケース(左上の写真)。 007のガンシンボル・ロゴをいたるところにあしらった世界で最初の007印の子供向けライセンス商品で、かつアタッシュケースものの草分けだ。 アメリカのギルバートから1964年に発売された。 名刺にパスポート、紙幣に手帳に専用鉛筆までついているが、なぜかお札にだけMade in Japanの文字が。 やや遅れてアメリカのトッパーズトイからは、2種類のアタッシュケースもの(右上のアドの中ほど)が発売された。 ひとつはオリジナルキャラのサムという名のスパイが愛用しているという設定のシークレット・サム、小型カメラが付属した。 そしてもうひとつがマルチピストル09。 このふたつはジャームス・ボンド・アタッシュケースの値段8ドル88セントの半額以下の、3ドル33セントで1965年のクリスマス商戦に参入、本家に迫る勢いで売れた。 もちろん少年たちのいちばんのお目当てはアタッシュケースの中のピストルだ。 どれもロングバレルにサイレンサー、スコープにストックといったパーツ類が付属して、すべてを取り付けるとメカむき出しのカービン銃の出来上がり。 そのカッコよさ、ユニークさで人気を競った。 なんとシークレット・サムのカービン銃には水平に取り付けるスコープのほかに、垂直に立てる潜望鏡までついて、垣根ごしに敵国のスパイを偵察するにはもってこいだった。 手のひらに収まる小型銃に別の部品を付け足しながら、異なる形状の武器へと変身、強化させるという行いこそが、少年の冒険心を大いに刺激した。 近年でいうところの合体ロボや変身メカ的、工作と創造とメタモルホーゼの興奮。 ボンドが愛銃のワルサーPPKに長いサイレンサーをネジ留めするシーンを見るだけで、熱くなる男子は多い。(ね、四国のお百姓さん) だからこそ007/危機一発でボンドがアタッシュケースから取り出した実銃のAR7を組立て、スナイパーライフルに変身させて敵を狙うシーンは、男子垂涎の一コマなのだ。 アタッシュケースものスパイモチャ、あるいはすべての血わき肉躍る変身銃の原点は、じつはここにあったのだった。 というわけでスパイモチャ物語の次に触れなければならないのが、原点の007を凌駕して変身銃の極みに達した0011について。 TVシリーズ0011ナポレオン・ソロに登場した通称アンクルタイプと呼ばれた銃ほど、いまだに多くの男子たちを惑わし続けているものはないのだった。 トートツだが、田舎に住んでたわりにはお洒落な、軟派なようで堅物の、父の言葉を思い出した。 007/危機一発という題名は、間違った日本語を子供たちに植えつけてしまいそうで、よくない。 キキイッパツは、危機一髪と書くのが本当なのだ、お前ぐらいは覚えておきなさい。 そんなことどうでもいいのにと思いつつ、その3、最終回へとつづく。 上はサイドショートイから発売された12インチのQ。右手に抱えているのがAR7である。店長としてはストックは黒くしてもらいたかった。当店ではサイドショーから発売され絶版となったショーン・コネリー時代の007関連フィギュアを随時補充、ビンテージのスパイモチャといっしょに販売していく計画である。 もっとアタッシュケース。 ●ジェームス・ボンド・アタッシュケース/ギルバート/1964年 アタッシュケースものの最高峰。最高のコンディションのまま40年以上も生き続けた奇跡のセット。もうじき留之助商店のガラス棚にならびます。 ●シークレット・サム/トッパーズトイ/1965年 サムという名の少年スパイが愛用しているという設定の変身銃セット。スコープのほかにも潜望鏡(ケース内の最上部のパーツ)まで取り付けるというのがユニークすぎます。 ●マルチピストル09/トッパーズトイ/1965年 ランチャー機能付き大型銃と護身用小型銃のセット。各種ロケット弾(赤や銀や黒)を大型銃の銃口にセットすると、かなりおかしな造形に変身して、笑えます。 ●スペシャルエージェント・セット/マルクストイ/1966年 1960年代はじめごろから単品売りされてきたルガータイプのキャップガンを使い、スパイブームに乗じて発売された変身銃のセット。ルガーがマシンガンに早変わり。
by tomenosuke_2006
| 2006-07-18 22:22
| ムカシモチャ
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