経年劣化して緩んだ輪ゴムのように、涙腺も年を重ねると締まりが悪くなるのだろうか。
重く不安な旋律越しに、あかがね色に浮かび上がる2019年の夜景を眺めただけで、もう涙が溢れる。 25年ぶりに大スクリーンで『ブレードランナー』と再会を果たした直後、オープニングの一瞬に不意を討たれてしまった。 この動揺は一体どうしたというのだ、断続的に最後まで幾度となく目頭を拭わねばならなかった。 本来なら『ブレードランナー・ファイナルカット』(BRFC)の感想文を早々にまとめ、徳信尊さんが心血注いで原型作りを進めている留之助ブラスターの経過報告に移る予定が、あれから1ヵ月が経つというのに、気持ちの整理がつかないでいる。 2007年11月17日、午前10時10分、新宿バルト9。 あらかじめ友人がネット予約してくれた座席はF-14、シアターのほぼ中央に位置し、スクリーンを正三角形の底辺に見立てるなら、そこは頂点に当たる最高のポジションだった。 が、いつの間にかそんな心配をしたことすら忘れていた。 『ブレードランナー』にはあらすじをなぞるだけではない深い世界観を有する映画があることを学び、いつの頃からか登場人物たちは俳優にその姿を借りた2019年のロサンゼルスに実在する愛すべき人たちなのだとさえ思うようになっていた。 映画が映画でなくなる奇跡を体験していた。 リドリー・スコット監督がBRFCでやった仕事は、そういった心情をすべて汲みながら、写実主義を全うするための最後の仕上げだったのだ。 映像に過剰な改変は見当たらず、世界はあの時のままに保存されていた。 大きな変化は鼓膜が聴き分けることとなった。 新しい効果音が幾層にも重ねられ、厚みを帯びて画面から溢れ出し、ついには観客を包み込む。 単に臨場感などという言葉では言い表せない映画に我が身が溶融するような感覚、スクリーンに広がる別世界の空気を自分も吸っているような共生感を味わった。 気がつけばブレードランナーの宇宙に移住していたのだった。 『エイリアン』や『ブレードランナー』を観ればホラーやSFの常套句、ハードボイルドの記号化されたイメージをいくつも見出すことができるし、その映画ボキャブラリーの豊かさ、研究熱心さには舌を巻くばかりだ。 個々のキャラクタゼーションについても同じことがいえる。 たとえばデッカードに『三つ数えろ』(1946年)のハンフリー・ボガード演じるフィリップ・マーロウのシリアスとコミカルを重ね合わせ、彼がスネークダンサーのゾーラを楽屋にたずねるくだりは、マーロウが事件の謎を追って古本屋に探りを入れるシーンに呼応する。 レイチェルはどこから見ても『マルタの鷹』(1941年)のオーショネシー(メアリー・アスター)の美貌と物腰だし、ロイ・バッティの表情、とりわけ目の演技は同じ『マルタの鷹』のジョエル・カイロ(ピーター・ローレ)そのままだ。 しかしスコット監督はそれらの原典や手の内を披瀝はしない。 SF映画が気品高いハードボイルドの香りを湛えていることの不思議を、読み解く楽しみをちゃんと残しておいてくれる。 シーンの後の、あるいはフレームの外の出来事に、気を揉まない人はいないだろう。 余情といえるかも知れない、言外に感じさせる空気や雰囲気や世界や宇宙・・・ゆえに深みに嵌まってしまう人たちの何と多いことか。 大量宣伝に慣れた観客がそれ以外の作品に目を向けようとしない現実の中で、東京と大阪の2館のみとはいえ静かにBRFCが劇場公開されたのは、今年いちばんの収穫だった。 25年ぶりの『ブレードランナー』がすでに古典の貫録を帯びていることに、感極まったのだった。 (記事に添付する適当な画像がないため、上から2点は『ブレードランナー』のSFX製作中のEEGを取材してまとめた自著から転載した。またすぐ上の画像は左が『三つ数えろ』、右が『マルタの鷹』のDVDジャケット) ブレランのに〜ぜきさんのブログを横目で見て、自分だけDVDが届かないのはブレランの神に見捨てられたんじゃないかと思いながら、念のためAmazonのアカウントサービスをチェックすると、うかつにも"レイ・ハリーハウゼン コンプリート・コレクション"(12/19発売)と一括発送にしていたのをいま知った。 別の意味で泣けてくる。
by tomenosuke_2006
| 2007-12-17 15:30
| TV・映画・ビデオ
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