2006年 07月 06日 ( 2 )
ブログ準備、パルス療法。
この個室、ネットは快適なくせに、ケータイがつながりにくい。
けれど、心配無用。
名古屋の多丸さんにはSkype使ってブログ立ち上げのサポートをしてもらえばいい。
彼の奥さんが、新居を建てるまでの道のりやら寄り道をブログ傾斜地のケーススタディハウスで淡々と綴ってらっしゃるのを拝見して、楽しそうでもあり、彼女のゆったりした暮らしぶりをうらやましく思っていた。
ネフローゼ症候群で手に入れた、店主ゆとりの入院生活。いまこそブログでしょう。

ブログ準備、パルス療法。_a0077842_2150467.jpg週末かけてブログの体裁を決め、6月3日月曜日には3日間がかりのステロイド静注パルス療法がはじまった。
簡単にいえば、1日250mLのステロイドホルモンを1〜2時間かけて点滴し、血液のろ過装置ともいうべき腎臓の糸球体基底膜(タンパク質を漏らさないための膜)の、あらくなった網の目を矯正させる治療。
浮腫は尿にタンパクが漏れ出ることに起因する。
パルス療法が効くのは、ふたりにひとりの割合だとか。
効いても再発することが多く、場合によっては薬漬けの生活を強いられる。
点滴の2日目、つまり7月4日火曜日、ブログをアップ。
ん、これは面白い。
点滴3日目、もはや病みつきになってしまった。
ステロイドホルモンじゃなくって、ブログのことだよ。
7月6日からはステロイドの錠剤プレドニンを30mm、服用。
いっきにステロイドを止めてショックを起こさないよう、徐々に減らしながら様子をうかがうらしい。
抵抗力を発揮するのに重要なタンパク質を尿に失っているところにもってきて、ステロイドはさらに抵抗力を低下させ、ちょっとした風邪でも肺炎に進行し、最悪、命にかかわることさえあるという。
看護師さんからマスクとうがい薬をもらい、主治医の小田先生からはステロイドの副作用についてレクチャーを受けた。
病気のことばかり書いていると暗いブログになりそうだから、たまにはオモチャネタ(↓)をはさんだりして、とりあえずリアルタイムの7月6日木曜日にたどり着いた。
なんだ、この使命感のようなものは・・・
明日は午後から腎生検。
局部麻酔で腎臓に針を刺し、糸球体を取り出して、その弱り具合をチェックするのだ。
ちょっと、怖い。
看護師や研修医の新之介先生に頑張ってと励まされると、小心者の店主はますます萎縮するのだった。
あした一晩は安静にしてなくっちゃダメらしく、ブログが書けないのがさびしいような。
by tomenosuke_2006 | 2006-07-06 22:05 | ネフローゼ症候群
ブレラン祭り。
1980年代はじめ、バーバンク・スタジオ(いまはワーナー・スタジオと呼ばれている)へは何度も通ったものだった。
お目当てはリドリー・スコット監督の近未来フィルムノワールブレードランナー
最初は映画TVに自作のSFプロップやヴィンテージ家具をレンタルしているModern Propsのオーナーに誘われ、スタッフのふりをして紛れ込んだ。
しばらくするとスタジオの広報から外人記者クラブ経由で正式に取材要請があり、スコット監督に会えることになった。
そのときの模様は、当時の読売新聞夕刊の芸能欄や日本版スターログに書いた。
忘れがたいのは、イギリスを離れ、はじめてハリウッドの現場に入り、ユニオン(組合)のやり方に馴染めずイライラしている監督の姿だった。
監督はムービーカメラの位置替えどころか、ファインダーすらのぞけない。
カメラを動かすのはカメラオペレーターで、写角を決めるのはシネマトグラファー。
メジャー作品で働くクルーは、それぞれ属するユニオンによって自分の職分が守られ、余計なことはしない、やらせないが徹底していた。
ヴィジュアリストのスコット監督としては、イギリスで撮ったエイリアンのようにはいかず、ことのほかご機嫌ななめだった。
「ハリウッドはアーノルド・パーマーからクラブを取り上げ、ゴルフをしろと言ってるようなものだ!」
後方のオープンセットでは、ワイヤーに結ばれたスピナーが宙に浮いているのが見えた。

ミニチュア撮影をしているサンタモニカ・ビーチ近くのSFXスタジオ、 EEGへも足繁く通った。
ダグラス・トランブルリチャード・ユーリシッチにはよくしてもらった。
モデルメーカーのマーク・ステットソンとは、お互い若いということもあって仲よくなり、LAを離れる1985年まで、映画でいえば2010年バカルー・バンザイの8次元ギャラクシーのころまで、何度も彼のワークショップへ遊びによったものだった。
そのマークのオフィスのロッカーの上には、バーバンク・スタジオで目にしたスピナーの正確なスケールモデルがアクリルケースにおさまり、飾られていた。

いまでは強力な支持者を擁するカルト映画ブレードランナーこと、ブレラン。
4半世紀、ブレランのことばかり考えてきた筋金入りの友人、新関さんには笑われるかもしれないけれど、モノ好きの店主としては、スピナーと、それからデッカードが手にしていたあのごつい銃、ブラスターを思うたび、そのオモチャに触れるだけで、こころは1980年代にワープするのだ。
そこで店長候補君と計画しているのが『ブレラン祭り』。
お店の旗揚げ第一段は、ヤフオクを利用したスピナーとブラスターの一挙競売というのはどうだろう。
ブレラン祭り。_a0077842_1740658.jpg

じつは我らが店長、モデルメーカーとしても凄腕で、壊れたプロップを復元したり、ガレキを見事に完成させて、しじゅう店主を喜ばせてくれているのだよ。
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by tomenosuke_2006 | 2006-07-06 18:36 | プロップ