あわてて国分寺へ行ってきたよ。
11月の晴れた日にトリスタン・イートン作のブードゥー・ダニーを連れて留之助ホームページのスライドショー“ダニーのいる風景”用の写真(Shopping・お買い物方法のページ)を撮りに行こうと計画してたんだけれど、気がつけばもう30日の月末。
めっきり寒くなって、樹齢1250年以上といわれている国分寺の霊験あらたかな大イチョウの葉も7割方が散ってしまったよ。
本当なら空を遮るほどに密生した黄色い葉のまえで、カーキ色のダニーは一段と映えて写真におさまるはずだったのに、とても残念。
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# by tomenosuke_2006 | 2006-11-30 19:40 | 留之助商店計画
キースのアンディ・ウォーホルはKAWSのルーツ?
古びた建物の壁や高速道路のコンクリート壁、地下鉄の通路やバス停の空いたスペースにイタズラな誰かが描き残していった落書きを、ストリート・アートとかグラフィティ・アートという芸術のジャンルにまで高めた人こそキース・へリングではなかったかと思う。
踊る絵という言葉がぴったりな、シンプルな線で描かれたリズミカルな作風。
何年かまえ、ユニクロが彼の絵をプリントしたTシャツを販売したように、日本でもへリング作品は多くの人に親しまれている。
1980年、ニューヨークの地下鉄構内の使用されていない広告掲示板に黒い紙を張り、そこにチョークで絵を描くサブウェイ・ドローイングと呼ばれる創作活動を開始。
圧倒的な支持を得て、ついには世界的なアーティストとして成功したけれど、1990年、エイズのため31才の若さでこの世を去った。
キースのアンディ・ウォーホルはKAWSのルーツ?_a0077842_10561598.jpg
そんなへリングの1986年の作品にアンディ・マウス(上の絵)というのがある。
ご覧のとおりのアンディ・ウォーホルとミッキーマウスを合体させたユーモアたっぷりの作品。
ポップアートの旗手にしてカリスマのウォーホルは、世界中の誰もが知っているアメリカのシンボル、ミッキーマウスを自作にたびたび登場させたけれど、へリングは大先輩に当たる無表情で透明で空虚が似合ってカッコいいウォーホルの作品世界を、あるいは世界観のようなものを、フランケンシュタインよろしく人とネズミをつなぎ合わせて描こうとした、のかなぁ。
胸のドルマークはリッチなウォーホルを揶揄しているわけではないよ。
これもまたウォーホルの有名な“$1”(ワンダラー)という作品からの引用だ。
キースのアンディ・ウォーホルはKAWSのルーツ?_a0077842_12122043.jpg
こともあろうにというか、待ってましたというべきか、アメリカの360 Toy Group という小さなデザイナーズトイ・メーカーがへリングのライセンスをとってアンディ・マウスを立体化(上の写真)しちゃったよ。
左のグリーンが400個、右のレッドが50個限定。
店主、毎度のことだけれど、売りにくいと知りながら最小ロットのグリーン16個とレッド2個を予約した。
クリスマスまえには届きそうだ。
こういうのをプレゼントしたくなる相手がいる人は、とってもシアワセだと思うよ、本当に。
キースのアンディ・ウォーホルはKAWSのルーツ?_a0077842_1355188.jpg
アンディ・マウスをながめていたら、いまも精力的に創作活動しているバッテン目のキャラで有名なKAWS作のCOMPANION(上の写真)を連想した。
COMPANIONは、ミッキーマウスを好んで題材にしていたウォーホルその人を描いたへリングの作品、アンディ・マウスに、いくぶんインスパイアされたんじゃないのかなぁ(ややっこしい?)と。
彼ら3人にはいろいろ共通点もある。
生きた時代こそちがうけれどNYベースのアーティストで、しかも「芸術家の内面」とか「作品の内側」といった小難しい理屈とは縁遠い、見たままの、大衆的で分かりやすい作風を特徴としている。
60年代〜80年代のアンディ・ウォーホル、その跡を継ぐように80年代を駆け抜けたキース・へリング、そして90年代〜イマのKAWS。
気になる3世代であることに間違いはない。
そしてまた、彼らを結びつけているのがミッキーマウスの生みの親にしてコマーシャル・アートの偉大なるゴッド、ウォルト・ディズニーだったりして、アメリカって分かりやすいじゃないですか。
だから店主、好きなんだよね、アメリカと、アメリカの自動車以外のプロダクツ。
# by tomenosuke_2006 | 2006-11-30 18:11 | イマモチャ
本町3丁目をキャスパー・ストリートと命名しました。
本町3丁目をキャスパー・ストリートと命名しました。_a0077842_22513160.jpg店主は略称するのが好きかもしれない。
省略しすぎて、理解してもらえないこともしばしばだけど。
「エリック・クラプトンのコンサートのあとプラダを着た悪魔を観た」は、「エリクラのあとプラダ魔を観た」になる。
昔のオモチャはムカシモチャ、大きいオモチャはオッキモチャ、玩具みたいな芸術みたいなオブジェモチャ。
エンドスケルトンはエンスケだし、ブレードランナーはブレランだし、ナポレオン・ソロはナポソロと呼んでいる。
自分がいちばん先に言い出したなんて威張る気は毛頭ないよ。
ほかにも同じようなことを考える人がいたって不思議じゃないし、そういう人とは意気投合しそうな気がする。
略称と同じくらい、ニックネームを考えるのも好き。
ペインキラー・ダニーをイタミドメ・ダニーと呼んでみたり、ポール・スミスのダンディ・ダニーはドンガバチョ・ダニーだ。
自信を持って、これぞ店主のオリジナルといえるものもある。
20数年前に書いた本『超SF映画』の“超”。
英語のveryに匹敵するひと文字のつもりで使ったわけだけれど、この本が出版されたあとに、チョーかっこいいとか、チョーうまいとか、チョー○○という表現が使われるようになった、ホントだよ。
SFXという呼称を店主が編み出したという人もいるけれど、それは正確じゃない。
SFXの3文字は1970年代の終りごろ、ハリウッドの現場で使われるようになっていたし、SFビジュアル雑誌のSTARLOGは同じころSpFXのタイトルで特撮映画を紹介していた。
ただしアメリカでは誰一人それをエス・(ピー)・エフ・エックスとイニシャル読みする人はいなかった。
皆がみんなスペシャル・エフェックスと言っていた。
そういうSFXをエス・エフ・エックスと呼んで本のタイトルに使った最初の人が店主だったというだけ。
ただしSFXを書名にするまでがイバラの道だったんだ。
企画を持ち込んだほとんどの出版社から「ワケの分からない横文字なんかより特撮を使え」とか、「まるでセックスみたいでおかしい」と猛反対された。
でも負けるわけにはいかなかった。
なんたってハリウッドの現場に取材した日本で最初の特撮本になるはずだったし、そういう意味でも使い古された特撮という文字だけは本に載せたくなかった。
新しい呼称が必要だったんだ。
若かったから、もしSFXがダメなら本なんか出なくたっていいと思い詰めた。
3年がかりで取材した山ほどの情報を、だったら棄ててもいいと覚悟するまでになっていた。
そんな店主の窮状を見かねて助け船を出してくれたのが講談社の伝説の編集長内田勝先生だった(内田先生についてはリンク先をぜひご参照ください)。
おかげで店主の本はバカ売れ。
SFXブームが巻き起こり、いつの間にか特撮という言葉は死語になってしまった。
ばかりか、あらゆるメディアがSFXをネタに特集を組み、書店の新刊コーナーにはいろんなSFX本がならぶようになった。本町3丁目をキャスパー・ストリートと命名しました。_a0077842_847183.jpg
ふう、話がどんどん横道にそれちゃうなぁ、昔話をしてる場合じゃない。
留之助商店がある高山市本町3丁目を、この度、キャスパー・ストリートと勝手に命名したっていうこと、それを伝えたかったんだよね。
南北に1丁目から4丁目までつづく本町通り(赤いフリーハンドの線)は地元では本町商店街といって、郊外に大きなスーパーやショッピングセンターができるまで唯一最大の商業地区だった。
どこにでもありそうな話だけれど、大駐車場が完備して何でも揃う便利なショッピングセンターの進出で古い商店街からは客足が遠のき、徐々にさびれていった。
右の地図の水平に走る黄色の道(158号線)より下(南)の1丁目、2丁目は、それでも陣屋前の朝市や古い町並みを近くにひかえ、大きな旅館があったり、観光客も多く、地場の名産品を売る店が軒を連ね、観光商店街としてすっかり活気を取り戻している。
158号線より北が3丁目と4丁目。
観光客の動線からものの見事にはずれて、突然、人通りはまばらになる。
とくにピンクにかすれた線の3丁目は大半が店じまいしたり、取り壊して有料駐車場になったりで、留之助商店が位置する中ほどは悲しいくらい歯抜けの状態だ。
それぞれ1丁目から4丁目まで4つの商店街が独立して通りを運営しているから、たとえばクリスマスの飾り付けにもバラつきがある。
とりあえず1丁目、2丁目は潤ってるんだね、電飾は派手だし、活気に満ちている。
4丁目もキレイだ、がんばってるのが伝わってくる。
問題はぼくらの3丁目。
予算がないという理由で、この通りだけ電飾は省略され、目立つクリスマスらしい装飾もなく、灯が消えたように暗い。
なら自分たちだけでもと思ったら、アーケードの柱や歩道は勝手に使うべからず。
3丁目商店街の理事会で承認受けてからじゃないとダメと、難しいことを言われてしまった。
むかしキャスパー(上のモノクロ写真)という、気が小さくてやさしいお化けの子供が主人公のアメリカ製TVアニメがあった。
1995年に公開された実写とCGの合成映画キャスパーはそのリメイクだけれど、あとは言わなくったって分かるよね。
ゴーストタウンじゃ、いくらなんでも自虐的だし、幽霊通りなんていうと怖いのが出てきそう、だからキャスパーをよろしく。
キャスパーはほかのお化けとちがって、人をおどしたり怖がらせるのが苦手で、いつも仲間はずれの孤独な存在。
キャスパー・ストリートも人にアピールすることをあきらめちゃったのか、とても控え目で影が薄い。
まるでキャスパーたちアニメのお化けが透けて見えるみたいにね。
キャスパー・ストリートの留之助商店です・・・これから自己紹介するときは、こんな感じでいきたいと思います。
# by tomenosuke_2006 | 2006-11-27 10:09 | 留之助商店計画
塗り立て
ハートフォード版デッカード・ブラスター(エアーガンVer.2)を榎本店長がリペイント。
実際はツートーンのメリハリがきいて、もっといい感じ。
まえよりズッシリ重くなったような錯覚に陥ってしまう良き仕上がりだ。
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あとはLEDの追加だろうか。
専用スタンドも欲しい。
ステンレス製の特別なヤツ、知り合いの厨房屋さんに作ってもらおうかと思う。
# by tomenosuke_2006 | 2006-11-26 21:10 | プロップ
またパチ、つまりパチパチ。
面白い写真をヤフオクで見つけましたので、ご紹介します。
またパチ、つまりパチパチ。_a0077842_18213352.jpg
あきらかにダニーのパチです。
いくらなんでも短足すぎる。
商品説明によると高さ16センチというオリジナルにはないサイズで、貯金箱にでもなってるのかなぁ、後頭部に横スリットが。
そーいえば、留之助商店オープンしたてのころ、ダニーをはじめて見たお客さんに、「貯金箱でもないのなら、いったい何に使うの?」と問われて、言葉をなくしたことを思い出しました。
出品者は承知の上なのか、それともあまり詳しくないのか、どちらにしてもパチが出るくらいなんだから、ダニーもゴリラズに負けじ劣らずのメジャーってことですか。
パチゴリラズのニュースを知ったとき、じつはなんでダニーにもソレがないんだろうって、ちょっと嫉妬な気分になったから、いまヤフオクでコレ見つけて、なんかうれしいような。
とりあえずウォッチリストに入れときました。
# by tomenosuke_2006 | 2006-11-24 18:29 | イマモチャ