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店主オススメの2008年度3大ハロウィンもの。
ここに紹介する品物の内、イマモチャ以外は当店取り扱い商品ではございませんので、どうしても欲しいって人はよそでお買い求めいただきたいと思います。

チョイマモチャの部
ジョン・ランディス監督のミュージックビデオ『スリラー』(1983年)でマイケル・ジャクソンが演じた青年とゾンビの2バージョン。
自称フィギュア業界のトップを目指すメーカー玩具番長の公式ライセンス商品、高さ各17センチ、うまく特徴をとらえている。
ニュース・バラエティで使われる政治家やスポーツ選手のディフォルメ人形を彷彿とさせて、モデルは外人でも、なんとはなしに日本的。
マクファーレンが真面目臭って作るより、ずっとヌケてるのがよろしい。
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コスチュームの部
ゴーストバスターズ』(1984年)の戦闘服女性用。
自分もゴーストになってみたい、こんな子に退治されてみたいと謙虚な気持ちにさせてくれる逸品です。
日本で入手できるかは不明、eBayで見つけた。

イマモチャの部
ようはこいつの宣伝をしたかっただけなのかもしれない、10月19日(日) 午前0時発売のキッドロボット君15番、アンドリュー・ベル作のキッドリーパーだ。
まだ言ってなかったけれど、今度のはGID(夜光)仕様でガイコツが浮かび上がる。
で、下の画像はアンドリューのコンセプト画、黄色い部分が光る箇所というわけ。
ナイトメア・ダニーミス・ノーベンバーと同じ数だけ入って来るけれど、どこまで伸びるか楽しみだ。
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by tomenosuke_2006 | 2008-10-14 01:00
ハンニバル・ゴショ。
時差あるからね、きょうになってニンギョー・プロジェクトのメーカーさん、SRTからハッピー・ハロウィン・メールが届いたよ。
「ゴショと一緒にお食事を」
拘束衣着けたハンニバル・へクター博士のゴショニンギョーかぁ、とっても分かりやすいね。
そーいえば留之助でいちばん売れてるゴショといえばミスター・ハンのブルース・リーだし、いっそのことこの路線でいけばいいのに。
大きな肉切り包丁持ったヤツとか、チェンソーもいいね、ブラスター握ったのなんてどーだろう。
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by tomenosuke_2006 | 2007-11-01 11:16
ハロウィンが近づくと思い出す彼女のこと。
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10月31日は留之助商店にとって2度目のハロウィンである。
店主のハロウィン観については1年前の10月25日の記事で吐露してるから、お時間のある方はそちらをどうぞ。
でね、店主がLA暮らしを始めて1年後の1981年の秋、もうじきハロウィンってころにローカルテレビ局のKHJ-TVでB級ホラー映画劇場、その名もMovie Macabre (ムービー・マカーブレ=不気味映画)がはじまった。
その解説者が、きょうご紹介のエルヴァイラ様なのだった。
顔の倍くらいにブロウさせた黒髪に、これまた真っ黒でタイトなロングドレスがトレードマーク。
たっぷりたわわなオッパイをおヘソのあたりまで開いたV字の胸元からのぞかせて、くびれた腰にいまにもとどきそうな深目のスリットからは、美しいおみ足が。
TVコードぎりぎりの惜しげのなさ、一見ドラキュラの花嫁のようだけれど、圧倒的に女王様の貫録、しかもみんなが大好きなホラー映画の伝道師にして、とっても妖しい姐御映画評論家なのだ。
これこそおかまいなしのハリウッドならではでしょう、映画解説といったら淀川長治先生や水野晴男さんの時代だよ、ぜったい日本じゃ考えられない。
大袈裟な手振りに腰の振り、突っぱねたような話っぷりが、またよかった。
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そんなエルヴァイラ様だけど、ムービー・マカーブレの解説者としてブレイクするまではずっと二流の女優業に甘んじてきた。
10年以上もTVや映画の端役を辛抱強くつとめてきたんだよ。
たいがいストリッパーとかダンサーの役、1971年の『007 ダイヤモンドは永遠に』にもチラッと出てたりする。
が、自慢はその凹凸のきいた肉体のみにあらず、ホラー映画マニアとしても筋金入りで、ムービー・マカーブレはエルヴァイラというキャラクターのアイディアともども彼女自らTV局に売り込んだ企画だったのだ。
1980年代アメリカのショービズ界のアイコンは?ってきかれたら、店主はエルヴァイラ様を真っ先に挙げるね。
存在感ことのほか濃厚で、ひと目会ったら忘れられない、一度嗅いだらもっと忘れられなくなるいい香りの姐御だった。
そう、LA滞在中、何度かSFホラー映画関係のコンベンションであのコスチュームのままの彼女を間近で拝ませてもらったんだけれど、フェロモン・プラス、後にも先にも嗅いだことのないミステリアスなパフュームの香りをプンプン漂わせていたのだよ。
店主が帰国したあと1988年には初の主演コメディElvira, Mistress of the Dark が、2002年には脚本も書き主演したホラーコメディ映画ELVIRA'S HAUNTED HILLSも公開されて大ヒット、とはいかないまでもそこそこに人を集め、いまでもあっちじゃDVDがロングセラーだとか、買って観なきゃね。
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デビューから26年、ってことは店主もこれだけジィさまになったんだもの、エルヴァイラ様だってと思うのは浅はか、いまもあのままの現役なんだよ、毎年SDCCにもちゃんとゲストで登場してる。
彼女にとってはハロウィンを目前に控えたいまごろが1年でいちばん忙しいとき。
アメリカじゅうのホラーイベントや仮装大会、TVの特番にゲスト出演し、必ずどこかで会える仕組み。
もはやクリスマスのサンタクロース、ハロウィンのエルヴァイラなのだ。
で、彼女の名せりふを耳にする。
エブリバディ・ライクス・バッド・ムービー、ユー・ライク、アイ・ライク・ツー。

エルヴァイラ・グッズがどこかにあるはずだと思い出し、店長に探してもらったら、上のふたつが見つかった。
探せばいろんなものが出てくる留之助商店でございます。
ブルーは普段の出で立ち、レッドはハロウィン専用コスチューム、フィギュアのショボさも味のうちでしょう、パッケージグラフィックがいいじゃございませんか。
さっそく値段を付けてお店に並べました。
ちなみに下の写真はエルヴァイラの素顔、本名をカッサンドラ・ピーターソンっていう。
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by tomenosuke_2006 | 2007-10-21 16:03 | チョイマモチャ
[左]いまじゃ、そこらじゅうでハロウィンじゃないですか。
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[右]そのようですね。
[左]でも、きのうのブログ、飛騨の冬支度の話からダレクのアイスボットをクリスマスにぜひみたいな、香具師(やし)の口上風で終わっちゃって、いよいよ来週に迫ったオレたちハロウィン族のこと、完全に忘れてる。これって手落ちってもんでしょう。
[右]ホント、手落ちです。
[左]10月31日のハロウィンのあと、アメリカじゃ11月の第4木曜日にThanksgiving Day(サンクスギビング=感謝祭)をお祝いして、徐々に盛り上がりながらクリスマスに突入する。
[右]はい、突入です。
[左]つまり、その盛り上がりの入り口がハロウィンで、クリスマスが出口みたいなもの。これからの2カ月こそ、1年でいちばん思い出がつくられるときなんだよね。
[右]そう思います。
[左]ティム・バートンのナイトメア・ビフォア・クリスマスは、いいとこ突いてたね。ハロウィンVS.クリスマス、入り口と出口の戦いだ。
[右]戦いはどっちに軍配が・・・。
[左]とーぜんハロウィンの勝ちでしょう。ハロウィンは不死身だからねぇ。
[右]ニッポンのハロウィンが、また面白いことになってますよ。
[左]そう、それをいいたかったの。ハロウィン=(イコール)スポンサー付のコスプレ大会かバレンタインデーPART2ってとこか。とにかく背後に抜け目のない商業主義のニオイがプンプンするね。
[右]それをいうなら留之助商店も?
[左]だったらいいけど、悲しいよ。ハロウィンの雰囲気は皆無っていうか、見方によってははじめっから怪奇っぽいっていうか。ほかにもマクファーレン版がいたと思うけれど、オレたちいろんなマイケルが特別目立つ場所に飾られるわけでもなく、いつもとおんなじ、冷遇されている。いったい店主は何を考えてんだか、聞いてみたいわ。
[右]ぜひ、聞いてみたいです。

はいはい、ではワタクシ店主のハロウィン観など吐露させていただきましようか。
ハロウィンは店主が生まれるよりもまえの大昔から続くよその国の宗教的な行事らしいけれど、日本に上陸した日のことはよく覚えている。
いまから28年前の1978年、ジョン・カーペンターの映画が万聖節の前夜の10月31日をハロウィンと呼び、ただならぬ日だと教えてくれたのだった。
配給元のジョイパックフィルム(現ヒュ-マックスシネマ)がカーペンター作曲の音楽やら効果音をリミックス、映画の恐怖をさらに誇張していたことを知る人は少ない。
オリジナル版のサウンドトラックは日本版より相当控え目なのだ。
そして2年後の1980年、LAに住み始めた店主は、おかげさまで毎年、本場のハロウィンを経験できるようになった。
10月を迎えるとメインストリートはハロウィンの飾り付けで秋色に模様替えして、家の軒先には顔型にくりぬかれたカボチャのジャック・オ・ランタンが通りを見据えるように置かれる。
夜ともなると目や口をかたどった穴からオレンジ色の灯がもれ出し、街はいつになく静まり返って見える。
そしてハロウィン当日、てんでに仮装した近所の子供たちがTrick or treat(トリック・オア・トリート=ナンかくんないとイタズラするぞ)といいながら、まじに店主のアパートにまで訪ねて来たのだった。
ハロウィンの中にいるような気がした。
TVはホラー映画特集を組み、映画街ではその後11もの続編が作られることになるスプラッター13日の金曜日の記念(?)すべき第1作目が公開されて大入満員中だった。
夜のハリウッド大通りはさながら仮装のお披露目会場といったところか、通りのあちこちに人だかりができ、歓声や悲鳴が聞こえてくる。
1980年のハロウィンでもっとも旬な仮装は、やっぱりホッケーマスクの殺人鬼だった。
1981年のハロウィンに、別の街で、子供たちがもらった手作りのキャンディに赤唐辛子が入っていたという小さな事件が起きた。
1982年には針入りキャンディが配られたというニュースがセンセーショナルに報じられ、翌年からは子供たちのトリック・オア・トリートする姿が影をひそめてしまった。
日を追うごとに治安の悪化するハリウッド大通りの乱痴気は相変わらず続いたが、暴力沙汰や発砲事件がしばしば起きるようになった。
賢い人たちはクラブや友人の家など、もっと安全でプライベートな場所でハロウィンを楽しむようになったのだった。
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上の写真は、1982年のアメリカで最もリキの入ったハロウィンの仮装。SFXメーキャップ・アーティスト、リック・ベイカー(右端)と彼の仲間たちです。彼らはこのあとハリウッド大通りへ繰り出し、道行く人たちをたっぷり楽しませたあと、ジョン・ランディス監督主催のハロウィン・パーティへと向かったのでした。ちなみにこの写真、若き日の店主が撮りました。


店主にとってハロウィンとは、情緒であり、アメリカの秋のムードであり、過ぎ去った若き日の思い出なのだ。
だから最近の我が国のハロウィン事情についてはよく分からないし、知りたいという気持ちも起きない。
いまさら日本で、とりわけこの飛騨高山で、何をどうしてよいのやら。
というわけで、君たちマイケル・マイヤーを冷遇してるってのは誤解ってもんだよ。
左の12インチのサイドショー版マイケル君(5000円)、右の18インチのネカ版君(12800円)も、分かってちょうだい。
どちらも買い手が現れますように、店主、こうしてダラダラ文章書いて紹介してんだから。
by tomenosuke_2006 | 2006-10-25 23:45 | チョイマモチャ
今度のハロウィンにダニーの新作、出ます。
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10月中旬、ひさしぶりにフランク・コジック作の8インチ・ダニーが発表になります。
Redrum=レドラム(予約特価5,800円)。
ダニーシリーズの中では多めの2000個限定で、当店でもキッドロボットと同じ日に発売です。
2004年に発表された3インチ版に同じデザインのダニーがいたり、そのバリエーションのスモーキンラビット(サイン入りが当店に1個在庫あり)が今年100個だけ限定で出たりしましたが、店主好みの8インチがやっと製品化されました。
その発売日には、売れるかどうか分かりませんが、3インチが発表されたときに記念で作られたレドラム・ダニーの大判ポスターで、コジックが50枚だけサインしたうちの1点(予価75,000円)を額装して飾る予定です。
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ちなみにレドラムとは、スティーブン・キングのモダンホラー小説“シャイニング”に出てくるMURDER(マーダー=殺人)を逆読みした造語。
不思議な能力(シャイニング)を持つ少年ダニー(フィギュアと同じ名前)が、冬、雪に閉ざされるコロラド州ロッキー山上のリゾート・ホテルで起きる惨劇を予感し、「レドラム、レドラム」と取り憑かれたように口にする印象的な言葉である。
ま、今回のレドラム・ダニーは、少年ダニーではなくって、邪悪な霊に乗っ取られて殺人鬼と化す父親といったところだろうか。
にしてもバナナじゃ、斧のかわりにはなりませんが。
ご存知のようにキングの小説はスタンリー・キューブリックによって1980年に映画化され、賛否両論を巻き起こした。
たとえば小説の見せ場だったシャイニングの描かれ方が希薄になり、一見、どこにでもありそうな怨霊映画だと評されたりした。
LAに住み始めたばかりのころの店主は、ダニーの父親ジャック・ニコルソンが殺人鬼へと変じていく様に恐れおののき、人間を語るこういう“シャイニング”もありかと思ったものだ。
キューブリック版をいちばん非難したのは原作者のキング自身で、1997年、ついに自らTVミニシリーズ用に脚本を書き下ろし、ミック・ギャリスが監督した。
以前、ビデオで観たが、まぁ、こんなもんかと思っておしまい。
映画のようなインパクトはなかったなぁ、ミックには悪いけど(馴れ馴れし過ぎ?)。
ミックはそのむかし、映画の宣伝マン(パブリシスト)をしていて、駆け出しの映画ジャーナリストだった店主をいろいろ助けてくれた恩人のひとりだった。
まだ東京に住み、たまにLAへ遊びに出かけていた1970年代の終りごろ、“ザ・フォッグ”の主演女優エイドリアン・バーボー(監督のジョン・カーペンター夫人)に引き合わせてくれたり、“ニューヨーク1997”では憧れのカーペンター様へのインタビューをセットアップしてくれた。
“ザ・ハウリング”のジョー・ダンテ、“スキャナーズ”のデイヴィッド・クローネンバーグ、“狼男アメリカン”のジョン・ランディスたちディープな監督と仲よくなれたのもミックのおかげだった。
いつかは映画監督になりたいと常々口にしていたナイスなカリフォルニアン、ミック・ギャリス・・・コジックの人をくったような新作ダニーの写真を見ていたら、つい、いろいろと思い出してしまったのでした。
by tomenosuke_2006 | 2006-10-02 10:30