タグ:Clint Eastwood ( 2 ) タグの人気記事
グラン・トリノの余韻に耽る。
映画と店主というカテゴリを用意したくらいせっせと映画館通いをしているわりに、書き留めておきたいと思う作品にはとんとお目にかかれない。
途中お茶をして家に帰り、のんびり風呂を浴びたあと部屋のキーボードに向かうまで、つまり感動を醸成し言葉に置き換えるまで、長く余韻の続く映画などめったにないということなのだ。
試写室やプレビュー会場で映画をタダ観していた頃とはちがい、いまでは普通にお代を払うコンシュマー映画ファンだといことも大いに関係している。
1日数百人のビジターしかいないこんなメディアで、そのうちの何人が映画ファンか知る由もないが、口車に乗せてムダ遣いさせてはならないという変な責任を感じるのだ。
昔、配給会社の片棒を何度も担いだ気がする。

土曜日、名古屋のミッドランド・スクエア・シネマでクリント・イーストウッドの主演・監督作『グラン・トリノ』のレイトショーを観た。
話の筋からしてこじんまりとした作りのわりには薄らぐことのない余韻こそ、もはや映画の神が乗り移ったとしか思えないイーストウッドの器量による。
当年78才のイーストウッド最後の出演作だというが、『荒野の用心棒』(1964年)や『ダーティハリー』(1971年)の時代から彼の映画に親しんできた者にとっては、イーストウッドがかつて演じた無敵のアウトローが晩年を迎えたとしか思えないキャラクターにほくそ笑み、これぞ有終の美を飾るにふさわしいスターの肖像を見るようでもある。
朝鮮戦争に従軍し、傍らには手入れの行き届いたM1カービンとコルト・ガバメントを置く、つねに戦闘態勢でいる男。
フォードの自動車工場で務め上げ、いまも新車同然の72年式グラン・トリノを慈しみ、メインストリートを我が物顔で行き交う日本車を苦々しく思う男。
最愛の妻に先立たれ、ふたりの息子やその家族とは相容れず、気に入らないと犬のように唸る男。
時代の変化を受け入れようとはせず、現世に未練なく、肺を病む頑固な老人は、隣に越してきたラオス人の少年と奇妙な友情を深めながら、ある不幸な事件をきっかけに人生の退き際を見つける。
これは観る者によってさまざまな感慨を覚えさせるいくつもの顔を持った映画といえるだろう。
店主はあまりにも現実的な設定や生き生きとした登場人物たちに、これが作り話であることを忘れ、老人の命に代えた指南で人生の尊さを学ぶだろうラオス人の少年とその姉をマジで羨ましく思った。
言い換えれば姉弟を演じた無名の俳優ふたりは、現在最高のスターと共演し、最高の監督の愛情溢れる演技指導を受けたのだ、何と幸せな経験だろう。
物語の悲しい別れとは裏腹に爽やかな未来を予感させる映画、名画の有りようをいま一度教えてくれる傑作である。
今度のアカデミー賞は『グラン・トリノ』が主要部門を総なめすることは間違いない。
もちろんエンディング・クレジットとともに流れるジェイミー・カラムの主題歌も。


by tomenosuke_2006 | 2009-04-26 23:59 | TV・映画・ビデオ
キッドロボットの新作、ウェスタンもの。
初公開時はもちろん、リバイバルのときも映画館に足しげく通い、その後もビデオやDVDを買い、いやっていうほど繰り返し観てきたマイ・フェヴァリット・ムービー。
寝るまえにつけたWOWOWで偶然やってたもんだから、つい最後まで、ぼんやり付き合ってしまった、昨夜のこと。
これって、ヒマだからという理由では絶対ないと思うのだけれど。
あなたも、そんな経験ありませんか?
DVD持ってるんだから、その気になればいつでも観られるというのに、たまたまTVでやってたというだけで、観てしまう。
新作と対面するときのような胸の高鳴りなどいまはなく、どんなに起伏に富み、危険で緊迫した場面が連続しようとも平気、何も期待しない、いつでもトイレに立てる。
電話がかかってきたら、迷うことなくボリュームを下げるか灯を落とすことさえできる。
観なくてもすむけれど、でも、あれば観る。
べつにお腹が空いてるわけでもなければ、どうしてもそれを食べたいというのでもない、そこにあったからムシャムシャしまいまで食べてしまうかっぱえびせんのような感じ、ようするに生理的。
理屈抜きの、むしろ感覚や本能に従い観る映画。
前置きが長くなってしまったけれど、そういうマイ・フェヴァリット・ムービーの1本が昨夜のワイルドバンチ(↓ 店主高校1年生の1969年公開)なのだった。
キッドロボットの新作、ウェスタンもの。_a0077842_5363757.jpg
バイオレンス映画の巨匠サム・ペキンパー監督作品。
西部劇の最高傑作とか、最後の西部劇といわれているが、店主にとっては、もはや、かっぱえびせんの如き映画である。
ワイルドバンチは当時乱作されていたマカロニ(イタリア製)ウェスタンを蹴散らす本家アメリカの最終兵器だった。
高1の店主にとっては、それよりもまえに公開され、マカロニ・ウェスタン・ブームの火付け役となったセルジオ・レオーネ監督&エンリオ・モリコーネ音楽&クリント・イーストウッド主演による“荒野の用心棒”(1964年)と“夕陽のガンマン”(1965年)と“続・夕陽のガンマン”(1966年)の、もっとも重要なマカロニ3部作を初公開時に見逃し、サントラ聴いて我慢するばかりだったから、ますます“ワイルドバンチ”に取り憑かれたというよりは取り憑いたのかもしれない。
そんな3作品のうち、リバイバルだったかTVだったのか、いまでははっきりしないのだけれど、最初に観たのが“続・夕陽のガンマン”である。
原題The Good, The Bad and The Ugly(善い奴、悪い奴、汚ない奴)のとおり、3人のガンマンの物語。
善い奴(とはあまり思えない)がイーストウッド、悪い奴がリー・ヴァン・クリーフ、汚ない奴がイーライ・ウォラックという絶妙の三角関係で、銃を頼りに大金を奪い合う見せ場たっぷりのアクション大作。
絵付きでモリコーネの音聴くのも、また格別だった。
キッドロボットの新作、ウェスタンもの。_a0077842_8432096.jpg
もうじきキッドロボットから届く荷物の中に、これがシリーズ10作目のキッドロボット3点セット(各800個限定)がある。
じつはこの新作、ウェスタンのコスチュームに身を包み、その名もThe Good, The Bad and The Ugly・・・“続・夕陽のガンマン”のタイトルをいただいているのだ。
デザイナーはおなじみのホアック・ジー。
映画の3キャラをモデルにしたというよりは、西部劇ごっこを楽しむかわいい少年のよう。
例によって付属のアクセサリー類も手が込んでいて、早くイジってみたい。
日本ではまだまだ無名のこのシリーズだが、当店ではシリーズ3と4(それぞれ1種類ずつ)以外はぜんぶ在庫している、いまのところ。
古いシリーズはレア過ぎて、これから見つけるのは至難の業だ。
あったとしても、プレミアがついてあまりにも高額。
やっぱり限定のオブジェモチャは発売時に買うのがいちばん賢いのだと、ついセールストークになってしまう商売熱心な店主なのでした。
キッドロボットの新作、ウェスタンもの。_a0077842_9504021.jpg
いまではけっこうなボリュームに成長したキッドロボット・シリーズの紹介、近いうちにさせていただきます。
強硬で、魂に刺さるような本物の映画・・・何度でも繰り返し観たくなるような映画になかなか巡り合えないばっかりに、いつの間にかオブジェモチャ仕入れることが、かっぱえびせんと化したこれまた商売熱心な店主でした。
余談ですが、アメリカではマカロニ・ウェスタンのことをスパゲッティ・ウェスタンっていうの、知ってました?
by tomenosuke_2006 | 2006-10-07 10:28 | kidrobot 新製品情報