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エンスケ、1ヵ月の長期出張に就く。
スタン・ウィンストンの代表作をはじめ、実際に映画で使われた『スター・ウォーズ』や『グレムリン』のプロップなどが留之助商店に展示してあるのは一部で有名な話ですが、中でもお店の“華”、留之助といったら“コレ”のエンドスケルトンが、スタンの追悼の意を込めて彼とご縁のあった下呂温泉 水明館のロビーに夏休み期間中、展示されることになりました。
ひとりでも多くの人にご覧いただきたいのと留之助商店の宣伝もかねて、もちろん無給での単身赴任です。
下呂温泉へお越しの節は、どうぞ水明館へお立寄りください。

エンスケ、1ヵ月の長期出張に就く。_a0077842_803575.jpg冬でもないのにマフラー?
お出かけまえのエンスケです。
見た目よりずっとデリケートなため、榎本店長、緩衝材でそっとやさしく包んであげました。
エンスケ、1ヵ月の長期出張に就く。_a0077842_865818.jpg留之助からの運び出し風景。
いったい何事かと、お店の前には人だかりが。
中にはエンスケをひと目見ようと遠方から出かけてきてくれた人も。
なんとか間に合い、よかった。
エンスケ、1ヵ月の長期出張に就く。_a0077842_8285493.jpgトラックに載ったエンスケ。
このあときれいに梱包された専用ケースも平積みされて、一路、下呂温泉へ。
およそ50キロ、普段なら1時間の道のりを2時間かけてゆっくり移動しました。
エンスケ、1ヵ月の長期出張に就く。_a0077842_8325893.jpg無事、下呂温泉に到着。
水明館のロビーでの開梱作業もスムーズにはかどりました。
エンスケ、1ヵ月の長期出張に就く。_a0077842_844113.jpg
所定の位置におさまったエンスケ、みなさんの注目を集めておりました。
ところで、この一連のカットは榎本店長が撮影したものなんですが、どれもエンスケが淋しげに見えませんか。
お店の看板娘(っていうか)を送り出す店長の心情をまざまざと反映し、心なしかうつむき加減で孤独そう。
でも、「可愛い子には旅させよ」ともいうじゃないですか。
留之助商店へエンスケ君目当てでお越しいただいたファンのみなさんにはまことに申し訳ございませんが、エンスケ出張中はお店の入場料を500円から300円に割り引きさせていただきますのでどうぞご容赦くださいませ。

水明館での展示用にこんなパネルを作りました。
by tomenosuke_2006 | 2008-07-20 23:59 | プロップ
スタン・ウィンストン、逝く。
店主が知るスタンはいつも自信満々だった。
1984年、アメリカで低予算映画『ターミネーター』が封切られ、ものすごい勢いで興行記録を更新していたころ、メーキング本『THE ターミネーター ALBUM』の取材のため、ふたりの編集仲間とともにスタンの工房を訪ねた。
ひとりは現在、映画雑誌FLIXの編集長をしている松下元綱君、もうひとりは当時CINEFEX等に寄稿していたフリーランスのライター、アダム・アイゼンバーグ。
本のハイライトのジェームス・キャメロン監督へのインタビューを店主が受け持つ代わりに、スタンのインタビューはふたりにまかせ、横で様子を見物することにした。
スタン・ウィンストン、逝く。_a0077842_21393880.jpg
立て板に水とはこのことだろう、アダムの「どんな経緯でターミネーターに参加することになったのか」というたった1度の質問に対しておよそ1時間、スタンはよどみなく語り通した。
ダミヘッドやダミの腕を作る細々とした仕事のために雇われただけだったが、エンドスケルトンの登場シーンすべてを人形アニメで撮影しようとしていた監督にフルスケールの精巧なモデルの使用を提案したこと、それが映画に圧倒的な迫力をもたらすことになったと力説した。
ターミネーターというチャンスをモノにして、ハリウッドでの揺るぎない成功と新しいキャリアの始まりを実感している男の饒舌だった。
スタンの言葉に頷くだけのちょっと退屈なインタビューのせいだと思う、連日の突貫取材と徹夜の作業で寝不足の松下君が、こともあろうにスタンの目の前で居眠りをはじめたのだ。
スタンがこちらを向いてひとこと、「おやおや、私のエキサイティングな経験談のどこがそんなにつまらないのかなぁ」。
スタン・ウィンストン、逝く。_a0077842_21421060.jpg
店主が知るスタンはいつも上機嫌だった。
あのとき38才だった新進気鋭のSFXアーティストは、6年のあいだに『エイリアン2』(1986)と『プレデター』(1987)でアカデミー賞視覚効果賞を2度も受賞し、『シザーハンズ』(1990) でもアカデミーのメイクアップ賞にノミネートされて、押しも押されもしないハリウッドSFX界の第一人者に大成していた。
1991年に東京と大阪で開催された映画のイベント(下の画像)のために数々の創作物を貸し出してくれたスタンのこと、その作品が店主の元に残されたいきさつなどは、2006年7月13日の記事と7月16日の記事で詳述したとおりである。
そのイベントで日本に1週間滞在したスタンとは、ほぼ毎日いっしょだった。
新宿のホテルでの歓迎レセプションにはじまり、夜のはとバス・ツアー、東海道新幹線から高山線に乗り継いで来た下呂温泉での豪遊、そして飛騨高山の旅、どれだけ「ワンダフル」という言葉を耳にしたことか。
下呂温泉からクルマで高山へ向かう途中、コーヒーショップ緑の館に寄ったときもそうだった。
シナモンと蜂蜜をたっぷり塗ったパン生地製の器に角切りのサンドイッチ・トーストをてんこ盛りにした名物スナック、リングトースト・サンドイッチをご馳走すると、よほど口に合ったのだろう、店のオーナーに「ハリウッドに2号店を出さないか、その気ならいくらでも出資させてもらう」と精一杯の賛辞を呈した。
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店主が知るスタンはいつも困難を楽しんでいた。
1992年だったか、LA旅行のついでに彼の工房を訪ねると『ジュラシック・パーク』の恐竜マケットが飾られたレセプション・ルームに通され、スカルプティング(彫刻)ショップやマシン・ショップを案内してくれたあと、奥のいちばん広い作業場に鎮座する粘土で仕上げられたT-REXのフルスケールの頭を指さしながら語りはじめた。
当初はCGのカットとカットをつなぐだけの一瞬の出番だったが、スピルバーグ監督がライブアクションの現場で恐竜たちに直接演技をつけたいと思っているのが分かり、要求通りに動くフルスケールの賢いT-REXが作れないわけではないと耳打ちしたこと、その結果、大幅な製作変更となり1日12時間の労働が16時間に延長され、自分は19時間以上働き通しているのだと言う、疲れひとつ感じさせない元気な声で。
「ターミネーターの頃を思い出してワクワクしているんだよ。あの時は人形アニメを補うために精巧なフルスケール・モデルを提案し、いまはCGの向こうを張る巨大なT-REXを作っている。きっと今度も私のクリエーションは映画の大きなインパクトになるはずだ」。

店主は絶好調のスタンしか知らない。
そんな人が多発性骨髄腫を患い、近親者以外にはひた隠しにして7年間も闘病生活を続けていたとは。
6月15日、LAで彼は息を引き取った、享年62才はあまりにも若すぎる。
17年前の下呂温泉でスタンから託された数々の創作物が、まさか遺品になるとは思ってもいなかった。
心から故人のご冥福を祈ります。
ここがLAなら墓前にリングトースト・サンドイッチを供えたい。
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by tomenosuke_2006 | 2008-06-17 13:00 | TV・映画・ビデオ
持つべきものは友、スタン・ウィンストンのあれから。
持つべきものは友、スタン・ウィンストンのあれから。_a0077842_1950478.jpg1.ターミネーター(1984)のエンドスケルトン。
2.エイリアン2(1986)のクィーンのコンセプトマケット。
3.同じくエイリアン2のウォーリアーの全身レリーフ。
4.プレデター2(1990)のフルボディ。
5.忘れていたけれど、パンプキンヘッド(1988)のフルボディもあった。
エンスケのレア度については、すでに語ったが、スタン・ウィンストンから借り出した他の創り物も半端ではなかった。
まずクィーンは、映画のために作られたさまざまなバージョンのクィーンたち、すなわち特大フルスケール版やミニチュア撮影用のロッドパペット版の原点のようなもの。
粘土彫刻をモールド(型)にとり、必要最小限のプルを作ると、デテールアップと着色を施して、大型版やパペット版へと展開するための基本彫刻(コンセプトマケット)として使う。
予定では、大切に保管されていたそのモールドから特別にイベント(ハリウッド映画村/1991)用のプルを作ってもらうはずだったが、海を渡って来たのはエイリアン2製作時(1985)に作られ、以来スタンの工房の応接室に飾られていた正真正銘のコンセプトマケットにほかならい。
黒とダークブルーを何層にも塗り重ね、色合いは深くよどみ、恐ろしくも底なしの艶を放つ逸品である。
ウォーリアも、同じ時期にボディスーツ(着ぐるみ)用のオリジナルパーツを使ってレリーフ化された特製。
映画製作中の工房の壁高くにはり付けられ、スタッフたちを見下ろしていた歴史の品でもある。
こちらも予定では同じものを再製作してもらうはずだったが、5年分のホコリをかぶったまま工房から東京へ産直された。
プレデターは実際に映画撮影用に作られ、大きなダメージを受けることなく生き延びたスタントスーツのパーツをいくつか組み合わせ、自立するように改造されたもの。
ポーズをとらせ、中に鉄の骨組みを入れて、隙間にポリフォーム(スポンジの一種)が流し込まれていた。
輸送のことなど何も考えないで作られたため、左手の剣は内側の骨組みに直付け溶接されて取外しがきかない。
そのため身長2メートル40センチの高さと相まって、取り回しはきわめて悪い。
取り回しの悪さからいったら、右に出るものがいないのが全長3メートルのパンプキンヘッドである。
これはスタンの記念すべき初映画監督作に登場したタイトルロールのメインキャラ。
あまり興味がなかったのだが、持ってけ、持ってけと彼がいうから展示することにした。
持つべきものは友、スタン・ウィンストンのあれから。_a0077842_2073522.jpg
そんなスタンは、1991年の夏、夫人を伴って東京会場を訪れていた。
作品提供の条件として、ファーストクラス利用の夫人同伴日本旅行というお楽しみがあったのだ。
イベントの主催者からは別途で費用を預かっていたから、徹底的に接待した。
グルメと温泉の旅の1週間だった。
新宿のセンチュリーハイアット東京を基地に、途中、下呂温泉から飛騨高山へと足を運んだ。
下呂温泉一の高級旅館水明館の夜がスタンを昇天させたと、店主は思っている。
下呂を一望する最上階の特別室で、きれいどころの芸者をあげて、最高の料理と最高の地酒による純和風のおもてなし。
スタンからは、工房を殺風景なままにしておくわけにはいかないから、あのあと、東京へ送ったと同じ物(エンスケだけはT2のもの)を急いで作ったと聞かされていた。
で、よ〜く考えてみた。
イベントが終り、作品を返却したら、ダブついてしまうじゃないか。
何かひとつぐらい記念にもらえないだろうか。
芸者から野球拳の手ほどきを受ける上機嫌のスタンに、何気に切り出してみた。
すると彼は、こう答えたのだ。
「ひとつといわず、ぜんぶ君に預けるよ」
夫人のサンディが笑顔で証人になると約束してくれた。
アルコールに弱い店主だが、その夜ばかりは飲み助のスタンに負けないくらい飲んで、飲んで、飲み明かしたのだった。
by tomenosuke_2006 | 2006-07-16 21:24 | プロップ
エンドスケルトンとオリジナルの意味。
まえから欲しいと思っていた絶版品を見つけ、喜々として値段をたずねると、「プライスついてませんかぁ? なら、それ、非売品なんですぅ」なんてバイトの女店員にいわれたりして、ムッときたこと、ないですか。
店主は、何度もある。
売り物じゃねぇなら、店にならべんじゃねーよ。
博物館でもあるまいし、オモチャ屋やホビーショップを名乗る以上、商人(あきんど)に徹したらどうなんだ。
少なくとも留之助商店はプロの商人を目指す。
だから非売品はない。
ショーケースだろうが、使用中の電話だろうが、店から移動できるモノすべてにプライスが付く(店長候補君だけは当分非売品)。
最初のターミネーター(1984)で作られた現存する唯一のフルボディ・エンドスケルトンも、店に飾る以上は、売り物である。
これをプレゼントしてくれたSFXアーティストで、何度もアカデミー賞をとったスタン・ウィンストンには申しわけないけれど、墓場へ持っていくわけにもいかないし。
だいいちスタンが約束を守らなかったから、店主がオリジナルを所有するハメになったのだ。

もうあれから15年。
1991年に東京と大阪で開催された映画のイベント“ハリウッド映画村”の監修役として、若き日の店主はロサンゼルスと東京を行ったり来たりしていた。
ハリウッド映画の過去・現在・未来を、実際に映画で使われたセット・小道具・衣装・記録写真や映像などで展覧する期間限定のイベント。
オープニングを2カ月後のGWにひかえ、最初の開催地、東京では会場作りが予定どおりに進み、展示物の大半は太平洋を渡る船にあった。
すべては順調だった。
旧知の仲のスタン・ウィンストンには、早い時期から協力をとりつけていた。
展示用にエイリアン2の「クィーンのコンセプトマケット」と「ウォーリアーの全身レリーフ」、プレデター2の「フルボディ」とT2の「エンドスケルトン」を、オリジナル・モールド(鋳型)から作ってもらうため、彼の提示した製作原価(材料費と人件費)を支払い、契約書も交わしていた。
そのスタンがチョンボをしていようとは・・・。

オリジナル・モールドから抜く創作物は通称プルといい、映画で実際に使う以外は、めったやたらに作られない。
プルとはオリジナルと同じ意味だが、実際に映画の撮影で使われたものを、とくにオリジナル・プロップと呼んで区別する場合も。
最近、サイドショーが商品化しているハイエンドなフルスケールモノなどは、プルをさらに型取りした量産用のモールドから作られるいわゆるレプリカ。
しかしレプリカでは偽物や模造品のように聞こえることから、プロップ・レプリカと呼ぶ人もいる。

イベントで展示したあとは、すべての作品を返却する約束のため、スタンの提示した製作原価は格安だった。
が、運送会社の担当者が引き取り予定日の1週間前に、作品の下見のため彼の工房を訪ねると、ひとつも完成していないことがわかり、慌てて店主のもとに電話をしてきた。
帰国の準備をしていた店主は、もっと慌てた。
スピルバーグから恐竜映画のオファーがきて、突然忙しくなったとスタン。
ジュラシック・パークといって、いままでにないスケールとリアリズムの歴史的な恐竜映画になるから期待してくれとも。
知ったことか!
バッカモン!!
そう、心で叫び、彼の工房へ急行した。
東京会場の展示コーナーに穴を開けるわけにはいかないし、店主の信用にも関わる。
もはや解決策はひとつしかない。
彼が広い工房のあちこちに展示しているオリジナル・プロップを何としてでも借り出すのだ。
そう、彼の工房は、打ち合わせや仕事のオファで訪れる映画人たちをアッといわせようと、自作の怪物クリーチャーのオリジナルが、ドラマチックに展示してあることで有名な場所だった。
モールドが破棄されたために、二度と再び作ることのできない宝であり記念品だと自慢していたターミネーター1作目の、現存する唯一のエンドスケルトンも、この際、T2の代わりに船に乗ってもらおう。
懇願したり、泣きついたりで、最後は店主が勝った。
当たり前である。
契約書だってあったのだ。
そうやって日本に来たスタン・ウィンストンの代表作たちだったが、なぜ生まれ故郷に帰ることなく店主のものになってしまったのか、それにはもひとつ長い話を披露しなくてはならない。
ま、そのうちに。
エンドスケルトンとオリジナルの意味。_a0077842_2284774.jpg
T1はT2より、いい顔してる。両者のもっとも顕著な相違は、向こうずねのデザインにある。T2のエンスケを商品化している国内外のフィギュア・メーカーのうち、バリアントを出しているメーカーはなかなか賢い。じつはT1の商品化権がクリアできないため、T2のバリアントを名乗ってT1をこっそり作っているのだ。知ってましかた? 写真は下呂市の倉庫で出番を待つオリジナルのT1である。いまのところ価格未定。


by tomenosuke_2006 | 2006-07-13 22:39 | プロップ